春が近づいてきた三学期


教室の空気に少しずつ

“卒業”とか“将来”って言葉が流れ始めてた


 

「進路希望調査、早めに出せよ」

担任の声が響く中、配られた用紙を手に取った瞬間

妙に胸の奥がざわついた

 

目の前のただの紙切れが

これからの“俺とえれな”を揺らす始まりに見えた

 

放課後、帰り道の途中で自然と口を開いた

 

「なぁ、お前は将来何やりたいとかある?」

 

軽く訊いたつもりだった

けど、自分の声にはどこか“確認する”ような

小さな不安が滲んでるのがわかった

 

その数日後ーー

 

進学説明会の日

 

えれなは俺の隣じゃなく

別の男の隣にいた

蓮(れん)って名前の男だった

 

同じ大学志望で同じ分野を目指してるらしい

 

落ち着いた雰囲気で話し方も柔らかくて

自然とえれなも緊張をほぐされて笑ってた

 

その笑顔を見た瞬間
胸の奥がギュッと冷たく締めつけられた

 

俺の知らない顔を、他の誰かが引き出してるみたいで


悔しくて、苦しくて

でも何も言えなかった

 


だって俺はまだ

進路が決まってねぇ

 

お前みたいに夢を語れるわけじゃない

ただ「お前の隣にいたい」



それだけで

 

それだけじゃ足りねぇのかなって

焦って

情けなくなって

言葉を飲み込んだ

 

その日の夜

 

画面の向こうにいるお前を思いながら

迷った末にLINEを打った

 

"お前と違う道に進むとしても
俺は絶対、お前を離す気ねえからな"
 

けど

返事は少し遅かった

 

既読がつくまでの時間が妙に長く感じた

その間ずっと
蓮の顔が頭の中をジリジリと這い回ってた

 

...くそ

 

えれなお前の隣にいるはずの俺が

今は

ほんの少しだけ“遠い場所”に立ってるみたいで

どうしようもなく苦しかった

 

それでも俺は
じっとスマホの画面を見つめ続けてた

 

 

そして次の日

 

教室の外、廊下のガラス越しに見えた光景ーー

 

進路相談の空き時間

たまたま通りがかっただけのはずだった

 

けどそこには
蓮と話してるお前の姿があった

 

お前はあいつに
何かを分かち合うみたいな顔して笑ってた

 


...俺にはまだ持ててないもんを
そいつと共有してるみたいで

 

また胸の奥が、ズクッと重くなる

 

ほんとは簡単だったんだ

 

目を逸らして、そのまま歩き出せばいいだけだった


なのに――

 

気づいたら、立ち止まってた

 

俺はわかってた

 

お前が夢をどれだけ大切にしてるかも

どれだけ努力してきたかも


全部知ってたつもりだった

 

でも、俺は


「お前の隣にいたい」って願いしか持ってこなかった

 

“それだけ”で

お前の未来に、ちゃんと俺はいるのか?

 

……それとも

 

 

ーー胸の奥で、ゆっくりと不安が膨らんでいった