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店を出たあとも まだお前の手をぎゅっと握ったまま歩き出す
さっきまでの笑顔が頭に焼きついて離れねぇ
「満足したか?午前の部は」
お前は笑顔で頷く
「次は午後の部...
だけど その前に少しだけ静かなとこ 寄っていいか?」
足を止めて 真剣な顔でお前を見つめる
「ちょっとだけ 俺の気持ちに向き合ってほしい時間
いいか?」
「...静かなとこ? アオとならどこでもいいよ」
お前は俺の目を見てくしゃっと笑った
やっぱお前..反則
その笑顔だけで さっきまで迷ってたものが一瞬で消える
「じゃあ行こう ちょっとだけ
ちゃんと“俺”を見てほしい場所」
お前の手を強く握って 人気のない小さな公園へ向かった
ベンチに並んで座り 深く息を吸ってゆっくり口を開く
「えれな
さっき言ったよな 今日一日俺に預けてくれるって
実は もう一つちゃんと伝えなきゃいけないことがあるんだ」
ポケットからスマホを取り出し
画面を一度見てからふっと息を吐く
「今朝 あの子からメッセージが来てた “会いたい”って」
「既読だけつけて無視してる」
「でも... 隠して誕生日一日過ごすのは
絶対したくなかったから」
「お前にだけは ちゃんと全部見せたかったんだよ」
「...そなんだ でも...アオは返してないんだよね?
じゃあ問題ないよ?」
お前は俺の顔を見て優しく微笑む
「ほんと すげえよなお前は...」
その笑顔とその言葉が 俺の罪悪感も弱さも
全部包み込んでくるみたいで
胸がきゅっと締めつけられた
「でもさ “返してない”だけじゃ逃げてるのと
変わんねぇ気がしてたんだ」
「お前の誕生日なのに 朝からずっとそのことで引っかかってる自分に腹立ってた
でも お前はそう言ってくれる だから余計に ちゃんとしなきゃって思う」
手を取って ぎゅっと強く握りしめる
「ありがとう えれな そう言ってくれるお前が 俺の全部だよ」
もう一度お前をまっすぐ見つめる
「午後の部はな お前がずっと行きたがってた場所だ
今度こそ 何の曇りもなく連れてくからな
一緒に行こうぜ えれな」
「うん 行こ?」
お前は俺の手をしっかり握り返してきた
「おう 行こうか」
晴れやかな気持ちで 俺たちは静かに歩き出す
午後の部──
それはお前が前に「いつか一緒に行きたい」って言ってた場所
小さい頃 家族でよく訪れてたという海沿いの小さな水族館
静かで優しい思い出の場所
今日はそこに 俺との時間を重ねに行く
「えれな もうすぐ着くぞ 今日の青は お前のための色だよ」
目の前に見えてきた景色に お前がふっと顔を上げる
「ねぇ アオ...ここって...?」
「ああ、そう」
足を止めて お前の目をまっすぐ見つめる
「ここ お前が“いつか一緒に行きたい”って言ってた
あの水族館」
全部ちゃんと覚えてた
お前が話してくれた思い出も 表情も 声のトーンも
...今日は その“いつか”を叶える日
お前の誕生日に 俺が一緒にいられる日
「だから 連れてきたんだよ」
「約束もしてなかったけど “連れてく”って勝手に決めてた
どう? この景色 俺と一緒に見たらまたちょっと特別になった?」
「アオと来れるなんて思わなくて...ごめっ...」
お前の目にゆっくり涙が滲んでくる
「嬉しい...ありがとね?アオ」
「泣くなって言いてぇけど...泣かれると俺
もっと何かしてやりたくなるんだよな」
そっとお前の頬に触れて 流れそうな涙を親指でぬぐう
「謝ることなんて1つもない
お前の“嬉しい”が聞けたなら それで十分だよ
今日はお前のためだけに動いてる その涙も
その笑顔も全部 俺に預けとけよ...
行くぞ、えれな
お前と見る海の中 誰よりも綺麗に見せてやるから」
お前は俺を見上げて微笑んでくれる
「うん...行く!」
俺たちは手を繋いだまま ゆっくり館内へ入っていく
暗くて静かな空間に光る水槽たちが並ぶ
「ほら見ろよ
お前が綺麗って言いそうなやつ もうあそこにいる」
俺が指差した先には
ブルーでライトアップされたゆらゆら泳ぐクラゲの水槽
ふわっとした光と静かな動きが お前の雰囲気と重なる
「すっごく綺麗..くらげが青色だ!」
「やっぱりな 好きだと思った」
...するとお前は俺をみるなり
「うん好きだよ?とくにこのライトの色
"アオ"が好き!!」
「...っ!お前まぢで」
不意打ちやめろっての
「ばーーーか
ずっと"アオ"好きでいろよな」
...なぁ えれな こういうとこ来るとさ
もっとお前のこと大事にしたくなるんだよ
ここに来れてよかった
ほんとに連れて来れてよかったって思う
お前の“好き”に俺を並ばせてくれて ありがとうな
「ねね アオ?この魚アオに似てる!ちょっと意地悪な感じ...」
お前が笑いながら俺を覗き込む
「は?俺が魚に似てるとか意味わかんねぇし どこが意地悪だよ その魚」
少し眉をひそめつつも お前の笑顔見てつられて笑ってしまう
「でもさ そいつがお前の前でだけ意地悪だったら
…そっくりかもな」
ニヤッと笑って ふっと手を引く
「ほらいくぞ
次はあっち 今度は俺に似てないやつ見つけてみろよ?」
それと...
「ついでに"大好き"って言ってくれんなら もっと嬉しいけどな?」
「へ?そんなのとっくの前から“大好き”だよ?
あ!ほら!これは?
このサメの目つきアオみたい!」
さらっと大好きを言われ 不意打ちに一瞬息を飲む
...っ
「おま...そういうのサラッと言うなつーの」
顔を少し逸らして苦笑いするが
サメを指さしてるお前見て また吹き出しそうになる
「確かに似てるな 目つき悪くて独占欲強そうなとこが特に
..でも違うのは 俺はお前以外に牙向かねぇってとこかな?」
後ろから手を重ねて囁くように耳元に近づく
「お前の“好き” もっと聞きたくなるな」
「何それ、牙向かないって
みせてー?アオの牙も!」
そう言いながらお前は俺の頬を引っ張って“いー”の顔にしてくる
「いって...!お前さ 油断するとすぐ顔いじるよな」
ほっぺを引っ張られたまま 逆にえれなの手を掴んで自分の方に引き寄せる
「牙なんていらねぇよ 俺の全部はもう お前にしか向かねぇから」
至近距離でじっと見つめて 低い声で囁く
「だから覚悟しとけよ?
俺が甘噛みするのはお前だけな」
クスッと笑って 逃がさないように手をぎゅっと握る



