葵はぷくっと頬を膨らませながら男子の後姿を眺める。

 男子は制服を着崩して、ブレザーの裾をなびかせていた。

 彼の声は廊下によく響いている。

(かける)。サッカーの練習、しなくていーの?」


「はっ、だいじょーぶだよ。あの『のこりもの』に負けるはずねえんだから」


 ん? 今、サッカーって言った?

 翔と呼ばれた男子は足を止めて、友達の方を向いた。

 その横顔はニヤッと笑っている。

「あいつらがここに入れたのは、ただのまぐれだよ。今に見てろ、恥かかせてやるんだから」

 友達はふーんと声を出す。

 と、視線に気づいたのか、翔という男子はふいにこっちを振り向いた。

 や、やばっ!

 あわてて教室の中に顔を引っ込める。

 い、今、完全に目が合ったよね⁉

 いけないことをしてるわけじゃないけど、じっと見てたなんて完全に不審者だ。

 それに今の話。あれって……。

 男子はあきらめたのか、しばらくすると足音が遠ざかっていった。

 私はほっと胸をなでおろす。

「今の、二組の葛城翔(かつらぎかける)だ」

 葵が誰もいない廊下を静かに見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。

「葛城くん?」

「私、助っ人でいろんな部活行っててさ。バレー部に行った時、二組の子と友達になったんだけど、その子が言ってたんだよね。サッカー部にやばい子がいるって」

 やっぱり、サッカー部だったか。

 葵が言うには葛城くんは教室でもずっとあの調子だそうだ。

「あいつ、先輩がいるとこではおとなしくしてんのに、いなくなった瞬間、仲間の悪口ばっかり言うって。今のもそうなんだろうね。バレーと練習場所近いから、全部聞こえてきて困ってるって友達が言ってたよー」

 仲間の悪口。

 それってさっきの話からして、あの男子たちのってこと?

 でも楓くんたち、そんなそぶり見せなかったのに。

 それに『のこりもの』って、いったいどういう意味?

 せっかく分かってきたと思った男子たちには、なんだか秘密があるみたいだ。

 まあ別にただの居候だし、いいんだけど。


 ただ……ちょっと、ほんのちょっとだけ、葛城くんの話聞いてて嫌だったな。


 胸のあたりが霧で包まれたみたいに、もやっとする。

 これから何もないといいけど。

 私は胸のあたりをぎゅっと握った。