ワンルームの玄関を開けると、冬の夜の空気が室内に流れ込んできた。

「おじゃまします……あ、ほんとだ。課長んち、意外と綺麗」

「意外は余計だ。靴、そこに置いて」

 湊は笑って、素直に従う。スーツの上着を脱ぎ、ネクタイをゆるめる仕草が、やけに自然だった。

「……奥さん、いないんですね。今日」

「ああ。子ども連れて実家に帰ってる。年末はあっちで過ごすらしい」

「へえ、そうなんですね」

 短いやりとり。けれど、その背後にある現実を、どちらも言葉にしなかった。

 崇は台所に立ち、湊にはソファを勧めた。麦茶を差し出すと、湊は小さく笑って「ありがと」と口にする。コップの縁に触れた唇が、濡れて光る。

 その仕草に、不意に喉が鳴った。

「……なんか、落ち着きますね。課長んち」

「そうか?」

「うん。……ここにいると、どうでもよくなるんですよ。全部」

 湊の声が、静かに沈んでいく。

「仕事も、家も、今自分が誰と暮らしてるかも、なんもかんも」

「……水島」

「……俺、たぶん、もう戻れない気がしてて」

 崇は返す言葉を探せず、黙って隣に腰を下ろす。

 ソファの隙間に、ふたつの沈黙が落ちた。重なりそうで、重ならない。けれど、わずかな体温の揺れが、互いを引き寄せていく。

 湊が崇の肩にもたれかかったのは、ほんの数秒後だった。

「……ちょっとだけ、甘えてもいいですか」

「……勝手にしろ」

 拒まなかったのは、自分でもわかっていた。湊の髪からは、ほんのりとシャンプーの香りがした。あたたかくて、心地よくて、でも、危険な匂い。

 気づけば、頬が触れ合っていた。

 崇が顔を向けると、湊もわずかに顔を上げる。ふたりの視線が交錯し、そのまま――唇が、重なった。

 最初は、ただ触れるだけだった。

 けれど、湊が深く息を吸い込んだとき、崇の内側で何かが弾けた。

「……んっ」

 舌が触れ合い、熱が流れ込む。湊の手が、シャツの上から崇の胸をなぞる。触れられただけで、心臓が跳ねた。

「だめ、ですよね、こんなの……」

「言うなら、最初から来るな」

「……でも、来てよかった」

 言葉の端に涙がにじむ。崇は湊の頬を片手で包み、そのまま強く口づけた。

 何もかもを確かめるように、舌を絡め、吐息を混ぜる。シャツを捲れば、湊の肌が少しずつ震えていた。

 脱がせたシャツの下、細く柔らかい肋骨と、薄く汗ばんだ肌。キスの合間に肩を舐めれば、湊がびくりと体を震わせる。

「……こんなふうに触れられたの、久しぶりで」

「……そうか」

「奥さんには、ちゃんと……してますか?」

「……最近は、ない」

「……俺も。ずっと、枯れてて」

 言葉より、肌が饒舌だった。

 崇の指が下腹部へと滑り、湊の息が熱を帯びる。ズボンの上からそっと撫でれば、すでにそこには明確な反応があった。

「……触れていい?」

 囁くと、湊は小さく頷く。崇の指先がジッパーを下ろし、下着の奥へと滑り込んだ。

「――ぁ……っ」

 その瞬間、湊の腰が浮いた。

 掌の中に感じる、彼の熱。柔らかさと硬さが交じる感触が、現実をより深く突きつけてくる。

 愛撫は緩やかに、しかし確かに。焦らすように扱きながら、耳元に唇を寄せて言う。

「濡れてるな。……期待してたのか?」

「……してた、かも」

 湊が目を閉じ、恥じらうように口を噤む。

 ――この男は、こんな顔をするんだ。

 その事実が、崇をますます突き動かした。