「貴方って人はもう、これだから・・・・・・」

 私は北斗さんの、胡乱げな顔を見て笑ってしまった。どうやら北斗さんは、自分のもくろみ通りにならないと、うさんくさい顔つきになるようだ。北斗さんは分かっていて、そんな顔をしているのだろか。だとしたら、強者(つわもの)だ。

 私は北斗さんから渡されたハンカチで涙を拭くと、鼻をかんだ。

「すみません、もう大丈夫です。北斗さん、このハンカチ洗って返しますね」

「そのハンカチは、貴方に差し上げます」

「ええ? 彼女さんから貰ったものじゃないんですか?」

「彼女? 私にそんな人はいませんよ。それは、研究所の所長からいただいた物です」

「所長?」

「貴方が鼻をかんだハンカチなんて、いらないです」

「あの、北斗さんに彼女がいないこと、他の研究員に言ってもいいですか?」

「なぜですか?」

「何故って――この前、聞かれたんです」

「貴方には、個人情報っていう概念がないんですか? 駄目に決まってるでしょう?」

(決まってるんだ)

「すみません。やっぱり、このハンカチ返しますね」

 北斗さんのハンカチ持ってるなんて、他の人にバレたらなんか言われそうだし、かといって貰ったハンカチを使わないのも感じ悪いとか思われるかも。

「なぜですか? 貴方の鼻水がついたハンカチはいらないって、言っているでしょう?」

「それなら、家に保管する形でも構いませんか?」

「保管? 相変わらず、貴方って人は訳の分からないことを言いますね。分かりました。構いませんよ」

「恩に着ます」

 恩を感じる必要はなかったが、よく分からない上司は、とりあえず必要以上に持ち上げておけば大丈夫だろう。

「行こうか」

 北斗さんは、眼鏡のブリッジを押し上げると言った。

「行くって、どこへ?」

「探しものが見つからないときは、スタート地点へ戻って考え直すのがいいと聞きます」

「研究室へ戻るんですね?」

「行きますよ」

「はいっ!!」

 私達は自分たちの研究室へ戻って、アルトのいそうな場所を考え直すことにした。