静かな夜だった。雨が、静かに石畳を濡らしていた。
 ぽつりぽつりと灯る街灯の下、透月は、冷えた手をポケットに突っ込みながら歩いていた。

 ふとした気まぐれに曲がった路地裏で、彼はその店と出会った。

 ――CAFÉ LUMINOUS――
 木の看板に彫られたその名前は、雨に霞んでほのかに光って見える。

 引き寄せられるように、透月は扉を押した。

 からん—— 小さな鈴の音が、優しく夜を震わせた。

「いらっしゃいませ」

 中は不思議な空間だった。
 壁には世界各地の風景を写した絵画。見たことがないような古い珈琲器具が静かに並んでいる。

 カウンターの向こうで、ふわりと微笑んだのは、一人の女性だった。 髪は肩にかかるほどの長さで、どこか儚い光を帯びた瞳をしている。

 透月は、彼女を見て一瞬だけ言葉を失った。 人間なのかどうか——その境界が曖昧だったからだ。けれど、彼女が柔らかく頭を下げた瞬間、透月はそっと息を吐いた。

 どちらでもいい。ここには、静かに座れる空気がある。

「ようこそ、カフェ・ルミナスへ」

 彼女は、微笑んだ。
 声はどこまでも穏やかで、どこか懐かしい音色をしている。

「……ここ、入っても……いいんですか?」

 透月が戸惑いながら尋ねると、彼女は小さくうなずいた。

「ええ、もちろんです。あなたが求めたものが、ここにあるのなら」

 その動きすら、まるで本物の人間のように自然だった。

「ここは、記憶と夢を味わうための場所です。あなたの心が求める一杯を、AIである私、ソラがお淹れします」

「……心が、求めるもの?」

「はい。あなたが今、一番必要としている一杯を」