翌週の月曜日。

 明日香は、いつものように、トラックの荷台で新聞の積み替えをしていた。
 空気はまだ冷たく、荷台の鉄板が足裏にじんと響く。

 「スポニチ」のトラックが積み替えを終え、次の行先のトラックに移動する。

 続いて横付けされた「報知」のトラック。その荷台に、久しぶりに見覚えのある姿があった。

「今日から、バイトに復帰したよ」

 直樹が、いつも通りの調子で新聞の束を差し出してきた。

「言わなくてもわかるよ」

 明日香は新聞を受け取りながら、そっけなく答えた。
 けれど、目の奥がわずかに和らいでいた。

「演劇、見てくれた? 見かけなかったけど」

 何気ない口調で、手を動かしながら直樹が続ける。

「行けないって言ったでしょ。期待してたの」

「少しね」

 束を荷台に並べながら、明日香は短く息を吐いた。

「行けたら、行ってたかも」

 それが精一杯だった。あの日、劇場の前に立ったことも、ポスターを眺めていたことも、口には出さなかった。

「じゃあ、また誘うよ」

「そうして」

 言葉は短かったけれど、交わされたものは確かだった。

  ◇◇

 第一陣の作業がすべて終わり、少しだけ手が空く時間。
 直樹が、いつものように自動販売機で缶コーヒーを二本買って戻ってきた。

 ふたりは荷台の端に並んで腰を下ろす。
 何を話すでもなく、ただ缶を開けて、少しずつ口をつける。

 少し遠くで、台車の軋む音がしていた。次のトラックが来る気配はまだない。

「前の台本より、ちょっと難しい話書こうと思っててさ」

 直樹がぽつりとつぶやいた。

「難しいって、どう難しいの?」

「登場人物が、誰も正しくない。でも、誰も間違ってもいない……そんなやつ」

「めんどくさそう」

「うん、でも、そういうのが好きなんだ」

 明日香はそれ以上何も言わなかったが、黙って缶コーヒーをもう一口飲んだ。
 その沈黙が、どこか心地よかった。

 第二陣のエンジン音が聞こえてきて、ふたりは立ち上がる。
 いつもの夜がまた、動き出していた。