早朝、明日香は、仕事を終えたあと、24時間営業のファミレスで食事をして、アパートに戻った。
 シャワーを浴び、寝巻代わりのジャージに着替える。
 
 ――早く寝よう。
 明日香は、すぐに布団に潜り込んだ。

   ◇◇

 明日香は、午後一時に目を覚ました。いつもより一時間早い起床だ。

 ――公演に間にあうかもしれない。

 布団から出て、机の端に置いていたチケットに目をやる。
『劇団ルミナス 第三回公演』――直樹の劇団の名前。

 開演は午後二時。行けないと言った。それなのに、まだこの紙を捨てずにいた。

 ――別に、期待されてるわけじゃない。行ったところで、何か変わるわけでもない。

 そう思いながら、明日香はゆっくり立ち上がった。
 着替えはいつも通り。ジーンズに白シャツ、スタジャン。髪をひとつに結んで、鏡もほとんど見ずに家を出た。

   ◇◇

 劇場のある下北沢は、思っていたより人が多かった。
 劇場に到着し、時計を見たときには、すでに午後二時を十分過ぎていた。劇場の前には、スタッフらしき人たちが立っていた。

 チケットを取り出してみる。

 入口に近づいたところで、スタッフが声をかけてきた。
「申し訳ありません、公演中は途中入場ができません」

「あ……そうなんですか」

 明日香は軽く頭を下げて、その場を離れた。

 ポケットにチケットを戻す。チケットは、少しだけ汗で湿っていた。

 劇場の脇に貼られていたポスターに、ふと目がとまる。
 『ルミナス 第三回公演 "夜を編む"』
 白黒の写真。直樹の名前が、小さな文字で脚本・演出の欄に書かれている。

 ――こんなふうに、自分の名前がどこかに載る世界。

 それは、自分には縁のない場所だと思っていた。

 けれど、少しだけ胸の奥がざわついた。

 明日香はポスターをしばらく眺めてから、静かにその場を離れた。