夜の搬入口には、いつもと変わらぬ音が響いていた。
 台車の車輪の音、新聞の束を移動する鈍い音、掛け声。そして、深夜独特の重たい空気。

 その中に、少しだけ違和感があった。

「……おはよう」

 直樹が現れたとき、顔色は冴えず、目の下には薄くクマが浮いていた。
 トラックに乗り込む動作も、新聞の束を持ち上げて渡す動作も、どこか重たい。

 明日香は一瞬だけ怪訝な目を向けたが、何も言わず作業を続けた。

 第一陣のトラックからの積み替えが終わったとき、明日香は直樹に声をかけた。

「昨日の疲れが残っているようね」

「……分かる?半分寝てるよ」

 直樹は、手鉤を回しながら苦笑する。
 その顔を見て、明日香がふっと目を細めた。

「でも昨日、言ってたじゃん。今日は“講義ない”って」

 直樹の手が一瞬止まった。

「……ああ、それ」

 新聞の束を引き寄せながら、苦笑いを浮かべる。

「ちょっとだけ、嘘だった。ほんとは午前中に一限あって……でも行ったよ」

「そうだろうね」

「ふらふらだったけど。ノート取りながら寝そうになったし、昼にはもう意識が飛んでた」

 明日香は肩をすくめて、静かに聞いた。

「なんで嘘ついたの?」

 直樹は、その問いに少しだけ目をそらした。

「……まあ、あの時、ああ言った方が手伝いやすいかなって思っただけ。
 『講義あるけど行かない』って言ったら、たぶん明日香さん、断ったでしょ」

「……そうかもね」

 明日香は隣のトラックを見ながら、ポケットから缶コーヒーを取り出した。プルタブを開ける音が、金属的に響いた。

「でも、君さ。舞台やってるくせに、嘘つくの下手だよ」

「え、なにそれ。関係ある?演技の話?」

「いや、台本的に。そんな無理したら、結局バレるって、分かりそうなもんでしょ」

 からかうような口調でいう。でも、少しだけ、笑っていた。
 直樹も缶コーヒーを受け取りながら、苦笑を返した。

「……後からバレるのは、別にいいんだよ」

「そんな無理して、バカだなって思ったけど……助かったよ。ありがと」

 第二陣のトラックが到着し、明日香は立ち上がった。