土曜日の夜。搬入口の照明の下、湿ったアスファルトが鈍く光っていた。

 直樹はいつもより少し遅れて現れた。
 トラックの荷台に乗り込み、束ねられた新聞を運転手に渡している。

 明日香は、ひと仕事終えたタイミングで自販機に向かおうとしたところで、直樹と目が合った。

「缶コーヒー、いる?」

「うん、ホットで」

 自販機の前で二本買い、戻ってくる。
 ふたりは、いつものように荷台の端に腰を下ろした。

 少しの沈黙の後、直樹がぽつりとつぶやく。

「卒業後、どうするか迷ってるんだ」

「舞台、やめるの?」

「それも考えてる。というか……就職しろって、親が」

 明日香は缶を傾けた。

「自分はどうしたいの?」

「やれるなら、演劇を続けたい。でも、自信がない。生活のこともあるし……食べていける保証もないから」

「みんな、最初はそうなんじゃないの」

「そうかもしれないけど、たまに思うんだよね。やってることが誰かに届いてるのかって」

 明日香は、舞台の最後の暗転を思い出す。静かな拍手と、自分の中に残った妙な余韻。

「届いてたと思うよ。少なくとも、私は見て、なんか、残ったから」

 直樹は驚いたように、明日香の顔を見た。

「……ありがとう」

 また少し黙ったあと、明日香が缶を手に立ち上がった。

「明日、日曜で学校ないでしょ」

「うん、ない」

「乗ってく? 君、また悩みそうだし。夜通し走れば、ちょっとは考え進むかもよ。
当然。助手には積み下ろし手伝ってもらうけどね」

 ふっと、直樹の顔に笑みが浮かぶ。

「じゃあ、助手として、同行します」

「決まりね」

 その言葉に、明日香も小さく笑った。
 夜の仕事は続いていたが、その先に続く“もう一つの夜”が、静かに動き出していた。