苺チョコだと思ったら、激辛ポテチ。――私のこと、好きになって

苺チョコのパッケージに、激辛ポテチが入ってた。
──それって、詐欺だと思うよね。

たぶん、私は、そんな感じの人間らしい。

かわいく見えて、中身は不器用で、辛い。

散らかった部屋の中で、
私はひっそりポテチをかじった。

ぱりっ、むしゃむしゃ。
そんな私はきっと、誰が見ても「かわいくない」。



「わ、一ノ瀬さん、顔面偏差値やばい!」

廊下ですれ違った男子たちが、そんな歓声をあげた。もちろん、いい意味での「やばい」だ。

黒髪ロングに美少女フェイス。
今日も、私は教室の中で“人気者”だった。 

「でも、あいつキツいよな」
「顔がいいから、いいじゃん」

そんな雑音も聴こえてくる。

だけど、
このクラスには、ひとりだけ、騒がない人がいる。

窓際の席。
速見駿は、静かにスマホをいじっていた。
無表情な顔。
器用そうでも、不器用そうでもない指先。

その制服の襟元から、
細い銀色のチェーンがちらりと覗く。
光を受けて、小さく瞬いた。

(ふーん、意外)

そう思った直後、チャイムが鳴った。

 

「じゃあ、今日は予定通り、ディベートをやるぞー!」

先生の声が、けだるい空気を引き締める。

テーマは「制服の自由化について」。
賛成派と反対派に分かれて、意見を交わす。

私は賛成派に組み込まれていた。

発言を求められ、立ち上がる。

「私は、制服を自由にすることには賛成です。
個性を尊重することは、社会に出るためにも必要なことだと思います。」

静かな教室に、私の声だけが響いた。

きれいごとに聞こえたかもしれない。
それでも、私は本気だった。

けれど。

「でもさあ、それだと貧富の差とか、出るじゃん? ダサい子とかいじめられるって!」

反対派の女子が、少し鼻を鳴らしながら返してきた。
勢い任せの、感情論。

私は、言葉を選びながら、落ち着いて答える。

「経済格差は、制服があってもなくても存在します。
問題なのは、環境を整えることじゃなくて、差別を生まない心を育てることだと思います。」

その瞬間、
向かい合った女子の顔色が、みるみるこわばった。

目に涙をため、うつむいて、黙り込んでしまう。

教室に、重い沈黙が落ちた。

小さなざわめき。

「一ノ瀬、怖っ……」
「ちょっと言いすぎじゃない?」

胸に、ねっとりとした泥が溜まっていく。

(あーあ。また、“かわいくない”って思われたんだろうな。)

 

授業が終わったあと、
私はひとり、ノートをまとめながら俯いていた。
話しかけてくる子も、近づいてくる子もいない。

教室の空気は、妙によそよそしていた。

そのときだった。

「……自分の意見あるって、すげえよ。」

不意に、隣を通りすがった誰かの声。

顔を上げると、
速見駿が、スマホをいじりながら、無造作に立っていた。

目が合ったわけでもない。
笑ったわけでもない。

ただ、当たり前みたいに、ぽつりと。

そして、またすぐにスマホを見ながら、歩き去っていった。

制服の襟のすき間で、
銀色のネックレスが、ふたたび小さくきらめいた。

(わたしの中身、見てくれた。)

胸の奥で、静かに何かが鳴って、
ちょっと呼吸を忘れてた。

――速見駿。その瞬間、君は特別になった。



あの日から。
目的地:速見駿に向かって、私の目から矢印が飛び出している。

彼は、群れることを好まない。
休み時間も、昼休みも、
だいたい窓際の席で、静かにスマホをいじっている。

それなのに、不思議と「浮いて」いるわけじゃなかった。
誰も近づかないけど、誰も邪魔しない。
そんな、奇妙なバランスの中にいた。

私は、少しだけ、勇気を出して、
何度か話しかけてみた。

「ねえ、次の授業、移動だっけ?」

「……さあ。」

返事はそっけない。
顔も上げず、スマホの画面を見たまま。

(まじで、しょっぱい塩対応。)

それでも、ほんの少しだけ、ほっとした。
ほんの少しだけ、胸がちくりと痛んだ。

 

そんなある日の昼休み。

「なー! 速見っていいよなー、美優と話せて!」

隣の男子たちが、からかうように駿に声をかけた。

駿は、スマホを閉じることもせず、
めんどくさそうに肩をすくめる。

「別に、好きとかじゃねーし。
どーでもいい。」

それだけなら、また胸が痛んでいたかもしれない。

でも、そのあと、ふと続いた。

「ま、美優はちゃんと自分の考え持ってるのは、いいなとは思うけど。
 俺、けっこう流されるから」

そのとき、私の心臓は、
どきん、と飛び跳ねた。

(……いいなって、言った。)

私の顔じゃなく、中身を見てくれる人。
速見駿。
その名前を、心の中で叫びたくなった。

 

授業中、窓際の速見駿とばっちり目があった。

そりゃそうだ、私が見ているから。

するとーー
駿はぱっと目を逸らした。

(えっ)

一瞬だった。
気まずかったのか、嫌だったのか。

でも、もしかしたら私のこと、
意識してくれてるのかもしれない。

心にぽんっと明かりが灯った。



それから、数日後。

木の葉が踊る、校舎裏。
私は、別の男子に告白された。

正直、またか、って思った。
ちょっとだけ、食傷気味。

「ごめんなさい。気になってる人いるから。」

断るときでも、礼儀正しく。
お辞儀の角度は、きっちり四十五度。

けれど――

「は? 調子乗んなよ、ブス!」

ブス? はぁぁぁぁ?

そう吐き捨てられた瞬間、
何かがぷつんと切れそうになった。

けれど。

「おまえ、そのブスにマジで告白したんじゃん。笑」

近くから聞こえた、あっけらかんとした声。

振り向くと、
速見駿が、ポケットに手を突っ込んだまま、
飄々と立っていた。

空気が、一瞬で和らぐ。

周りから、からからと笑い声が聴こえた。

男子の顔は、真っ赤っか。

頭にのぼっていた熱が、すっと引いていく。

(……なんか、すっきり。)

駿の横顔に、自然と目が向いた。

制服の襟元で、
銀色のネックレスが、またきらりと光っていた。

そのきらめきに、また全身が熱くなる。

ふと目が合った彼は、にたりと笑った。

どどどどどっと、鼓動が跳ね上がる。

(ああ、たぶん、もうだめだ。)

(速見駿が、好きだ。)


 

いつもの昼休み。

窓際の席で、速見駿はスマホを見ていた。

誰かとメッセージをしているらしく、
たまに指を動かしながら、画面をじっと見つめている。

何気なく、私は声をかけた。

「誰と、やり取りしてるの?」

自分でも驚くくらい、ナンパっぽいひとことだった。

駿は、スマホから視線を外さずに、
飄々と答えた。

「ん? 彼女。」

その一言が、
胸の奥に、小さく音を立てて落ちた。

彼女、か。

ふーーーーーん。

作り笑顔を貼りつけたまま、私は答えた。

「そっか。」

駿はそれ以上、何も言わなかった。
またスマホの画面に、視線を落とした。

制服の襟元からのぞく、
細いシルバーのネックレスが、
ほんの少しだけ揺れていた。

(彼女って、当たり前なんだ。)

(空気みたいに、そこにあるんだ。)

正直、心はめらめらと煮えたぎっていた。

 

それから、数日後。

ふとした拍子に、
駿がクラスメイトとの会話で、ぼそっと漏らしているのを聞いた。

「……今年も、会えんかもな。」

意味を考えるまでもなかった。
彼女とは、遠距離なんだ。

きゅっと、胸が締め付けられた。

年に一度、会えるかどうか。
そんな距離にいるのに、
速見駿は、彼女を信じている。

(その彼女、幸せ者じゃん。)

(羨ましすぎるんですけど。)

(……息が、苦しい。)

スマホを見つめる彼の横顔を、
私は、ただ静かに眺めることしかできなかった。



昇降口で、靴を履き替えていると、
隣に、速見駿が立った。

制服の襟元から、
銀色のネックレスが、ふとした仕草にあわせてきらめく。

ずっと気になっていた。

けれど、
踏み込んではいけない気がして、
今まで聞けなかった。

だけど、今日は、なぜか口が勝手に動いた。

「……前から思ってたけど、それ、いいよね。
そのネックレス。」

駿は、靴ひもを結びながら、
ちらりとこちらを見た。

そして、ほんの少しだけ、
口元に柔らかいものを浮かべた。

「これ、中学のとき、彼女と買った。
お揃い。」

軽い口調だったけれど、
どこか、大事そうに思い出すような響きがあった。

(そっか。)

(そうなんだ。)

(やっぱり、特別なものだったんだ。)

背筋が、じんわり冷たくなっていく。

駿は、靴ひもをきゅっと締め直して、立ち上がった。

「もう、何年も会ってねーけどな。」

それでも、
彼は、ネックレスを外していなかった。

何の迷いもなく、
彼女のことを、大切に思い続けていた。

(遠いのに、壊れないんだ。)

(私なんか、入りこむ余地、ないんだ。)

胸の奥に、ずきりと痛みが走る。

痛いくらい、
まっすぐな、絆だった。

それでも。

彼の横顔を見たとき、
私はまた、思ってしまった。

(好き。)

(ああ、どうしようもなく、好きだ。)

靴音を響かせながら、駿は先に歩き出す。

私は、ほんの数歩、遅れて、その背中を追いかけた。

 

 

夕焼けに染まった校舎が、
長く、影を落としていた。

私は、靴箱の前で、速見駿を見つけた。

迷いそうになる心を、ぎゅっと握りしめる。

声をかけた。

「速見くん。ちょっとだけ、いい?」

駿は、少しだけ驚いた顔をしたあと、
無言で頷いた。

 

校舎の裏手。
人気のない、ひんやりとした空気の中。

スニーカーの音がやけに大きく響いた。


私は、立ち止まった。

駿も、黙って立ち止まった。

シルバーのネックレスが、
夕陽に照らされて、かすかに光る。

胸が痛む。

それでも、逃げたくないと思った。

痛いくらいに眩しい夕焼けの前、
駿の瞳が揺れる。

私は、まっすぐ、彼を見た。

「速見くんのこと――」

喉が震えた。

これで、ぜんぶ、終わってしまう。

それでも、
つっかえるように、声を絞り出して――

ちゃんと、最後まで言った。

「好きでした。」

駿は、しばらく黙っていた。

風が吹く。
どこかで、シャツの裾がはためく音。

やがて、
彼は、ゆっくりと、短く言った。

「……ごめん。」

優しい声だった。

残酷なほど、優しかった。

私は、笑った。

精一杯の、作りものじゃない笑顔で。

「うん。わかってた。」

駿は何も言わなかった。

たぶん、何も言えなかったのだと思う。

私は、小さく頭を下げた。

「ありがとう。」

それだけ言って、背を向けた。

唇を噛み締めて、振り返らない。

ひとつ、深呼吸して、
夕焼けの道を、ひとり歩き出す。

胸の奥は、焼けるように痛かった。

でも。

――それでも。

出会えてよかった、って思う。

あの日。

「自分の意見、すげえよ」って言ってくれたこと。

見た目じゃなく、
中身をちゃんと見てくれた、たったひとりだったこと。

その全部が、
今の私を、少しだけ強くしてくれた。

夕焼けが、滲んで見えた。

私は、涙を拭かずに歩いた。

胸の中で、そっと呟く。

(好きになれて、よかった。)

これは負け惜しみじゃない。

明日は学校で、堂々とポテチをかじろう。

苺チョコのパッケージ入り激辛ポテチ。

そんな私を、いつか、誰かが――
ちゃんと見つけてくれますように。

ううん、私が。
その人をきっと見つけてみせるよ。