君のとなりで

バス停までは、家から徒歩で10分ほど。

坂道を少し下った先に、広がる青。

秋の海は、夏よりも深い色をしていた。まるで真衣の胸の奥をそっと抱きしめてくれるようで――

……ママ、こういう景色が好きだったんだよね

誰にも聞こえないように、心の中で語りかける。

冷たい風が髪をふわっと揺らす。

礼央が隣を歩きながら、ポケットに手を突っ込んだままぽつりと話す。

「このバス、結構混むんだよ。朝は特に。」

「……そっか」

「でも……真衣は、たぶん大丈夫だと思う」

「え?」

真衣は立ち止まりそうになって、けれど足を止めずに礼央の横顔を見つめた。

「なんで……?」

「混んでても、人に流されずに自分のペース守れそうっていうか。そういう感じがする」

少しだけ目が合う。礼央は静かな声で、でも迷いなく言った。

「見た目はおとなしそうだけど……芯は強い。俺にはそう見える」

誰かにそんなふうに言われたのは、初めてだった。

「……わたし、そんな風に見える?」

「うん」

たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が少し熱くなった。
風が吹いて、礼央の髪が揺れる。どこか無愛想で、でも不思議とまっすぐな彼の横顔が、今はとても近くに感じられた。

後ろから乃亜が二人に追いつき、にやにやしながら覗き込んできた。

「なになに?何話してたの?」

「なんでもない」と礼央が即答する。

「えー、気になる!ずるい~!」

「真衣が初バスで緊張してるって話」

「え、それは僕が話す係じゃん!」

真衣は思わず吹き出した。

3人の笑い声が、朝の空にほんの少しだけ溶けていく。