君のとなりで

真衣が足早にその場を離れていくと、遠くから見ていた玲奈は、すぐあとを追いかける

「真衣!」

玲奈の声に、真衣はぴくりと肩を揺らしたが、それでも振り返らなかった。

「……来ないで。ひとりにして」

その言葉はかすれていて、泣いているのか、怒っているのかも判別できないほど小さかった。でも玲奈は、それを無視した。

静かに、けれどはっきりとした声で告げる。

「無理。そんな顔で帰らせられないよ。あんたのこと、見てたんだから。全部」

その一言に、真衣の足が止まる。

まるで心の奥に触れられたように、真衣はその場に立ち尽くした。背を向けたまま、ぎゅっと唇を噛みしめる。


「……なんであんなの見ちゃったんだろう。行かなきゃよかった。あんなとこ、……!」

言葉の終わりは震えていて、風の音にかき消されそうなほどだった。

玲奈はそっと歩み寄る。まるで壊れものに触れるように、慎重に──でも迷いなく。真衣の肩にそっと手を置いた。

その温もりに、真衣の目からこぼれ落ちた涙が、止まることなく頬をつたっていく。

「私、バカみたいに信じてた……!」

その声は、もう抑えることができない心の叫びだった。

真衣は玲奈の胸に顔をうずめる。声は出さずに、ただ静かに泣いた。けれど、その涙の重さは痛いほど伝わってきた。玲奈の制服にしみ込むぬくもりが、どれほどの想いを抱えていたのかを物語っていた。

「好きだったのに……ずっと、ずっと……はじめてだったのに……!」

真衣の言葉に、玲奈の胸が締めつけられる。

真衣の背中をゆっくり撫で、落ち着いた声でささやいた。

「うん……わかってるよ。つらかったね。」

その言葉に、真衣の肩がまた小さく震えた。

「終わっちゃった……私の初恋……もう、これ以上は無理……」

そのつぶやきは、まるでひとつの夢が崩れていく瞬間のようだった。

玲奈は何も言わず、真衣の頭をそっと抱きしめた。小さな肩を包み込むように、自分の存在すべてで受け止める。

空はさらに深く赤く染まり、風は乾いた落ち葉を連れてゆるやかに流れていく。

真衣の涙は止まらなかった。でもその涙は、確かに玲奈の胸のなかで温かく受け止められていた。誰にも届かないと思っていた想いが、今だけは確かに、そばにいた誰かに伝わっていた。

──秋の空の下、ふたりだけの静かな時間が流れていく。

世界がどれほど冷たくなっても、この一瞬だけは、あたたかかった。


──それから、時は過ぎていった。

季節は静かに進んでいく。学校の廊下、教室、家のリビング──どこにいても、真衣はどこか遠くを見ていた


礼央とは必要最低限の会話しかしなくなった。顔を合わせても、お互い何も言わず、ただ空気だけがすれ違う

乃亜は何も聞かない。まるで何もなかったように、いつも通りに笑って、気遣わずに接してくれる。それが逆に、真衣の救いだった

そして、あの日の数日後──礼央と愛海が付き合っているという噂が、すぐに学校中に広まった。手をつないで歩く姿も見かけた。キスをしているのを見た友達もいた。

「……もう、ほんとにどうでもいい。」

心が感じることをやめたように。ただ静かに、日々をこなしていく。

でも、ふとした瞬間──風の音や、海の匂い、ふたりで歩いたあの浜辺を思い出すと、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚が、まだどこかに残っていた。