君のとなりで

食堂の窓際、やわらかな陽光が差し込むテーブルで、真衣と玲奈は向かい合ってランチをとっていた。周囲では友人たちの笑い声や食器の音が交錯しているが、ふたりの世界だけはその喧騒からふわりと切り離されていた。

「で? どうだったの? 礼央先輩と二人きりのデート!」

玲奈がフォークを持ったまま身を乗り出し、目をきらきら輝かせながら問いかける。

「手、つないだ? 告白された? それとも……キスとか!? きゃー!!」

その瞬間、真衣の手が止まった。ちょうどサラダをつまもうとしていたフォークが宙に浮いたまま硬直し、顔にぱっと紅が差す。

「ない! そういうのじゃないってば……!」

真衣はぶんぶんと首を振りながら、あわてて言葉を繕った。

玲奈はにやりと笑い、じっと真衣の顔を見つめる。

「でもさ、顔に書いてあるよ。すごーく楽しかったって。」

真衣は一瞬だけ言葉に詰まり、それからふっと目線を落とした。
頬にそっと手を添えながら、照れたように微笑む。

「……うん、楽しかった。最初はすごく緊張してた。でも、礼央……すごく優しくしてくれて。」

その言葉を聞いた玲奈の表情が、どこかうっとりとしたものに変わる。
「それって、もう立派なデートだよ~。先輩ってクールで近寄りがたいイメージあったけど、真衣と一緒にいるときはぜんぜん違うんだね。……ねえ、ほんとのところ、好きになりそう?」

その問いに、真衣は少しだけ驚いたように目を見開いた。けれどすぐに目線を窓の外へとやり、青く澄んだ空をじっと見つめた。

「……わかんない。でも……昨日みたいな時間が、もう少しだけ続けばいいなって……そう思った。」

その言葉に、真衣は嬉しそうに笑って、ぽんっと真衣の肩を軽く叩いた。
「ふふっ、やっぱり恋の予感だ~。いいなぁ、青春って感じ。」

真衣は少しだけ肩をすくめて、でも否定するでもなく、はにかんだように笑った。
「もう……からかわないでよ。」

「からかってないもん。本気で応援してるの! 真衣が笑ってるの、すごく嬉しいから。」

ふたりは顔を見合わせ、自然と笑い声を交わした。まるで、周りのざわめきが遠のいたかのように感じられる、あたたかなひとときだった。

――そのときだった。

ふっと誰かの気配を感じて、真衣が顔を上げた。視線の先には、ひとりの女の子が立っていた。穏やかな笑顔を浮かべて、まっすぐこちらを見ている。

「やっほー、真衣。」

それは愛海だった。礼央の元カノであり、最近になって再び真衣の前に姿を現すようになった存在。

「……愛海先輩?」

真衣はほんの少し驚いたように名前を口にする。

玲奈は落ち着いたまま軽く会釈した。
「こんにちは、先輩。」

愛海は玲奈に短く視線を送ったあと、真衣のほうへと注意を戻す。どこか穏やかで、それでいて張りつめたような静かな気配。

「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけどさ。今日の放課後、少しだけ時間くれる?」

「私に……?」
真衣の声には戸惑いがにじんでいた。

愛海は小さくうなずいた。
「うん。中庭のベンチで待ってるから。そんなに長くならないと思う。」

真衣は一瞬だけ視線を泳がせ、玲奈と目を合わせる。その目にはほんのわずかな迷いと警戒が混じっていた。けれど、逃げたくはないと思った。何かをはっきりさせるためにも。

「……わかった。行くよ。」

愛海はにこりと微笑み、「ありがと」とだけ静かに言い残して、背を向けて歩き去った。

テーブルに再び静寂が落ちた。
玲奈が軽くため息をつく。

「なんか……ちょっとイヤな予感。」

真衣は視線を落としたまま、ポツリと答えた。
「うん。でも……ちゃんと話したほうがいいのかも。」

玲奈は真剣な表情になり、真衣の目をじっと見つめた。
「じゃあ、放課後は中庭の木の後ろにでも潜んでようかな。何かあったらすぐ飛び出して助けに行くよ。」

その言葉に、真衣は思わずくすっと笑ってしまった。

「ありがとう、頼りにしてる。」

ふたりの間に、静かで優しい空気が流れる。やがて昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、真衣はゆっくりと立ち上がった。胸の奥には、期待と不安が入り混じった複雑な感情が渦巻いていた。