君のとなりで

昼休み

真衣のスマホに、一通のメッセージが届く

From: 礼央
「少しだけ話せる? 図書室にいる」

真衣は一瞬だけ迷ったが、今朝の愛海とのことや、礼央の微妙な表情が頭をよぎる。

ちゃんと話しておいた方がいいかも……乃亜との約束、少しだけなら平気だよね

私は図書室へと向かった。

図書室。

静かな陽の光が、カーテン越しにふわりと差し込む。
窓際の席に座る礼央の姿を見つけた瞬間、真衣の胸が小さく高鳴った。

光に照らされた礼央の髪は、柔らかそうなダークブラウン。
ふわりと流れる毛先が、なんでもない仕草すら絵のように見せる。

礼央は、無意識に前髪をかき上げながら、遠くを見つめていた。
その横顔には、どこか不器用で、でも誰よりも優しい影が落ちている。

真衣の足音に気づき、礼央はゆっくりとこちらを振り返った。

「来てくれて、ありがと」

「ううん、全然。……何か、話したいことがあるの?」

礼央は視線をふと落とし、唇を少し噛んだ。
長めの前髪が瞳にかかり、そのまなざしを少しだけ隠す。

「……朝のこと、ずっと気になってた。愛海のこと……嫌なこと、言われてない?」

「ううん、大丈夫。乃亜が、そばにいてくれたし」

乃亜の名前を口にしたとたん、礼央の眉がピクリと動く。

「……そっか。乃亜ってさ、頼りになるよな。……いいな、あいつ」

真衣は静かにうなずいた。
そのしぐさを見つめながら、礼央は小さく息を吐いてから口を開いた。

「……真衣には、変な誤解されたくなかった。なんか、ちゃんと……伝えておきたくて」

「え?……どうして?」

少しの沈黙のあと、礼央はぽつりと答える。

「……自分でもよくわかんない。でもさ、真衣と話してると、胸の奥が……落ち着かない。そわそわして、変な感じで……」

彼の言葉が途切れた瞬間、真衣の心も小さく揺れた。

「それに……今日、乃亜と昼って言ってたろ」

「うん。でも少しくらい平気だよ。乃亜、きっとまだ食べてると思うし」

そう笑って答えた真衣を見て、礼央はゆっくりと前髪をかき上げ、苦笑のようにため息をついた。

「……乃亜と真衣って、自然に仲良くなってるよな。俺、そういうの苦手だから……正直、ちょっとだけ、うらやましかった」

真衣は思わず礼央を見つめた。その表情が、いつもより少し子どもっぽく見えて。

「……礼央がそんなふうに思ってくれてるなんて、ちょっと意外。……でも、嬉しいよ」

礼央は一瞬、固まったように黙り込む。そして、少し照れたように視線を逸らした。

「……俺、こういう気持ち、初めてでさ。これって、なんなんだろうな」

彼のまなざしには、不安と……ほんの少しの期待が混ざっていた。

……礼央と話してると、心がふわっと浮く。
でも、これが“恋”なのかは……まだ、よくわからない。

ふと礼央が、優しく微笑んだ。

「……真衣、今度さ。週末、一緒に出かけない?」

「え……出かけるって?」

「ただの散歩でもいいし、海とか……見に行こうよ。うちの近くだしさ」

真衣は少しうつむいて、でも嬉しそうに微笑んだ。

「うん。行きたい……」

礼央の目元が、ふっと柔らかくなる。

「じゃあ決まり。……楽しみにしてる」

そのとき、真衣のスマホが小さく震えた。

From: 乃亜
「中庭で待ってるよ〜寒いから早く来て〜」

真衣は画面を見て、ふっと微笑む。

「……ごめんね、礼央。乃亜が待ってるから、そろそろ行かなきゃ」

礼央は一瞬だけ目を伏せ、そして、微笑んだ。

「うん。……行ってらっしゃい」

「……また、話そうね」

小さく手を振って図書室を出ていく真衣の背中を、礼央はそっと見つめていた。

光に揺れる髪が、ほんの一瞬、香るように彼の前を通り過ぎる。
礼央は頬杖をつきながら、ぽつりとつぶやいた。

「……俺、やっぱり……真衣のこと、気になってるんだな」

その髪をもう一度かき上げながら、窓の外を見つめる。
まだ名前のつかない感情に、少しずつ、かたちができていくように——