君のとなりで

朝の食卓には、ほんのり焼けたパンの匂いと、あたたかな空気が流れていた。

「真衣、ミルクいる?」

茉里おばさんが笑顔でコップを差し出す。

「……うん。ありがとう」

真衣は昨日と同じ場所に座り、静かにパンをかじる。まだ緊張はあるけれど、もう“居候”ではない。この家の“家族”として、今日も朝を迎えられたことが、なによりうれしかった。

礼央は無言で新聞を読み、乃亜は口いっぱいにスクランブルエッグを頬張っている。

「あっ、真衣ちゃん。今日さ、昼休みに中庭案内するね!いい感じのベンチがあるんだよ!」

「うん……ありがとう。行ってみたいな」

「じゃ、兄さんも来る?」

「……俺はパス」

「え〜、なんで。みんなで食べたら楽しいのに」

礼央は新聞から目を上げると、ちらっと真衣を見た。

「真衣はどう思う?」

「えっ……わ、わたしは……どっちでも」

「じゃあ、考えとく」

乃亜が思わず吹き出す。

「なんか、兄さんって真衣ちゃんの言うことだけ特別に聞くよね」

「そんなことない」

「あるよ〜。昨日もスマホの地図とか送ってあげてたし!」

真衣の顔がほんのり赤くなる。礼央はそれには答えず、コーヒーをひと口飲んだ。

――学校へ向かう道。

3人で並んで歩くと、すっかりこの景色にも慣れてきた気がした。鳥の声。朝の風。足音。全部が心地よく響く。

そのとき――

「礼央!」

遠くから高い声が響いた。

見ると、ひとりの女の子が駆け寄ってくる。

「愛海……?」

「おはよう、礼央。まさか…今日も一緒に登校?」

その視線は、最初から真衣に向けられている。昨日の食堂での第一印象を引きずるような、棘のある目つき

一瞬で表情が引き締まる。あの嫌味な声と視線、すぐに思い出した。


「うわ、朝からテンション下げてくる人登場…」

乃亜は小声でつぶやく。

あえて、明るくいこう。

「おはようございます、愛海さん。昨日ぶり、ですね?」

「あら、ちゃんと名前覚えてくれてたの? 光栄だわ。ていうか…朝からずっと一緒って、どれだけ距離近いの? まるで家族みたい」

礼央が軽くため息をつき、言葉を選びながら

「愛海。俺たち、もう…そういうのやめようって話したよな」

「そうかもしれないけど、私たち…長かったでしょ? 一緒にいた時間。簡単には忘れられないよ」

昨日も思ったけど、この人…すごく礼央に未練がある。しかも、わたしのこと、邪魔者って思ってる。

「ねえ礼央、今度ふたりで話せる時間つくれない? あなたとちゃんと向き合いたいの」

乃亜が耐えきれず声を出す

「もうやめろよ、朝からしつこいって」

「……私、まだあきらめてないから」

そう言い残して、笑みを浮かべながら去っていく。振り返らないその背中には、執着心とプライドが滲んでいた。

「あいつ、昔はもう少しまともだったんだけどな」


3人は並んで校舎へと向かう。新しい1日の始まりにしては、少しだけ波乱を感じさせる朝だった。