君のとなりで

教室に入ると、ざわっと生徒たちの視線が集まる。

「誰?転校生?」

「かわいくない?」「え、礼央と一緒にいる……!」

礼央はそんな空気をものともせず、教師に一言告げると、真衣の肩を軽く支えた。

「ここが君の席」

「……ありがとう」

「今日、何か困ったら、すぐメッセージ送って。スマホ持ってる?」

真衣はうなずき、彼の手元に視線を向けると、そっと自分のLINEを交換した。

「あとで、クラスの地図とトイレの場所、送っておく」

「……やさしいね、礼央って」

その一言に、礼央の目が少しだけ見開かれた気がした。

「……いや、普通だよ」

照れているのか、それ以上は何も言わず、彼はドアの方へ向かっていった。

真衣は彼の背中を見つめながら、小さくつぶやいた。

普通じゃないよ。あなたは……とても、優しい

教室のざわめきが少し落ち着いたころ、真衣が席に座っていると、ふわりと甘い香りが横から漂ってきた。

「ここ、隣座ってもいい?」

そう声をかけてきたのは、笑顔が印象的な女の子だった。

「うん、もちろん」

「よかった! 今日からだよね、転校してきたの? 私は玲奈。よろしくね!」

「真衣。よろしくね」

玲奈は興味津々といった様子で、机に体を寄せてくる。

「ねえねえ、さっき教室入ってきたとき、礼央と一緒だったじゃん? 今、あなたと礼央兄弟の話でもちきりよ」

「えっ、ほんとに?」

「2人とどういう関係なの? まさか彼女とか?」

「え、ちがうちがう! そんなのじゃないよ。あの……ちょっと複雑なんだけど……」

真衣は一瞬ためらって、それから少しゆっくり言葉を続けた。

「……数週間前に、両親を事故で亡くして。それで今は、ママの親友だった人の家に住まわせてもらってるの。茉里さんっていうんだけど」

「え……そうだったんだ……」

「うん。それで、茉里さんの家族が、礼央と乃亜。だから……関係としては、今は家族って感じかな」

玲奈は一瞬だけ黙って、それから軽く頷いた。

「そっか……大変だったね。でも、そういうことちゃんと言ってくれてありがとう」

「ううん。気にしないで」

「でもさ、それならなおさらザワつくかも。礼央も乃亜も、けっこう学校では目立つからね。特に女子の間では
私はタイプじゃないけど、あの2人、結構人気者だから。目をつけられたらちょっと大変よ」

玲奈は声をひそめて言った。

「目をつけられたら?」

「うん。礼央はね、愛海っていう有名な元カノがいたの。今は別れてるっぽいけど、彼女はまだ気にしてる感じで……まあ、ちょっと怖いタイプ」

「へえ……」

「で、乃亜の方は、凛って子が狙ってるって話。あの子は……見た目天使、中身は戦略家って感じ?」

「それって……ちょっと怖いね」

玲奈は笑いながら真衣の肩をポンと叩いた。

「でも安心して。私はそういうの気にしないし、変な空気になったらすぐフォローするから。真衣の味方になるよ」

真衣の胸の奥が、少しだけ温かくなった。

「ありがとう、玲奈。ほんとに」

「うん! それにしても……真衣、すごく可愛いよ。想像以上! そりゃ、礼央と一緒にいたら注目されるよね~」

「え、そ、そんなことないよ……!」

玲奈の無邪気な笑顔に、真衣の頬がほんのり赤くなった。


昼休み

食堂は、生徒たちの話し声や笑い声でにぎやかだった。

真衣はトレイを両手でしっかりと持ち、静かに辺りを見回していた。

「真衣! こっち、こっちー!」

声に顔を向けると、玲奈が笑顔で手を振っていた。その明るさに、真衣の表情もふっと和らぐ。

「……ありがとう、玲奈」

「全然いいって! 一緒に食べよ!」

少しだけ緊張しながら、真衣は玲奈の向かいに腰を下ろした。トレイには温かそうなスープとグリルチキン。玲奈のランチはサンドイッチに彩り豊かなサラダだった。

「チキン好きなの?」

「うん。昔から大好き」


「へぇ~、ちょっと意外。真衣って、食の好みとかあんまり表に出さなさそう」

「そう? でもチキンは別。ママが作るやつ、ほんと最高だったんだ」

「わっ、それめっちゃいいね。どんなやつ?」

「オーブンでガーリックとハーブたっぷり。皮がパリパリで、中はジューシーなの。日曜の夜は、ほぼそれって決まってた」

「うわ、それ聞いただけで食べたくなってきた。真衣、今度レシピ教えて!」

「いいよ。……覚えてる限りだけど」

自然と会話が続くことに、真衣は少し驚いていた。でも、玲奈と話していると、ほんの少し心が軽くなる気がした。


「じゃあさ、恋愛の好みは?」

「えっ?」

「好きなタイプとか、今気になってる人とか。ねぇ、真衣って恋したことあるの?」

「んー……たぶん、まだちゃんとはないかも。友達以上になった人もいなかったし」

「マジで? じゃあ、初恋はこれからってこと?」

「かもね。なんか、ドラマとか映画みたいにうまくはいかないよね、現実って

「それは分かる~。でもさ、礼央とか乃亜とか、ああいう男子が家にいるのって、もうドラマの世界じゃん?」

「うん、確かに。なんか…タイプ全然違うのに、どっちもすごく魅力あるよね」

「でしょ! 礼央はちょっと無愛想だけど、なんか守ってくれそうな感じあるし、乃亜は超フレンドリーで、あと…分かるでしょ?」

「あの体でしょ?」

「それそれ! もうあれはズルいって!」

「でもふたりとも、ほんとに優しいんだよね。私…その、安心できるっていうか」

「え、それってちょっと気になってるってことじゃん?」

「んー…まだわかんない。でも、どっちかといると落ち着くっていうのはあるかも」

「うわ、それもう片足突っ込んでるやつ~! 恋ってさ、考えてるうちに始まってるから気をつけなよ~?」

「えー、プレッシャーかけないでよ」

玲奈が満面の笑みを浮かべたそのとき、食堂の空気が少しピリッと変わった。

「……あ、来たわ」

ゆっくりと入ってくる二人の女子。ひとりは巻き髪にキツめの視線が印象的な愛海。もうひとりはスタイル抜群で、黒髪の凛。

「……あの人たちが?」

「うん。あの巻き髪の子が礼央の元カノ、愛海。その横の子が、乃亜にベッタリな凛。ふたりとも……わかりやすくて強烈だから、気をつけてね」

愛海が真衣を見つけ、わざとらしく声を上げた。

「あら。あの子が、最近あの家に住み始めたって子? ちょっと可愛すぎない?」

凛も口角を上げて、じろりと真衣を見下ろす。

「乃亜って、意外と地味なのもアリなのね。まあ、私の方が似合ってると思うけど?」

真衣は、その視線に胸がざわつくのを感じた。でも、うつむかずに玲奈の方を見た。

玲奈は、静かに真衣の手の近くに自分の手を置いて、そっと囁いた。

「大丈夫。ああいうのは、自分が不安だから他人を落とすの。真衣は真衣のままでいればいいよ」

真衣は目を見開き、それから小さく微笑んだ。

「……ありがとう。玲奈がいてくれて、よかった」

言葉に込められた感謝の気持ちは、ゆっくりと真衣の胸を温かくしていった。

玲奈と笑い合っていると、食堂の入り口にすっと高身長の影が現れた。

「あ、乃亜だ」玲奈がポツリとつぶやいた。

乃亜は人混みの中でも目立つ。長身でスタイルがよく、歩くだけで周囲が少しざわつく感じがした。その彼が、まっすぐ真衣たちのテーブルに向かってきた。

「やっぱりここにいた。探したよ、真衣」

真衣は少し驚いて顔を上げた。「乃亜?どうしたの?」

「昼、一緒に食べようと思って」乃亜は優しく笑って言った。

その瞬間、玲奈が興味津々な顔になる。

真衣は少し照れくさそうに、「さっき、この子と友達になったの」と玲奈を紹介した。

乃亜は玲奈に気づくと、にこやかに近づき「初めまして、乃亜です」と手を差し出した。

玲奈は笑顔でその手を握り返しながら、「よろしくね」と返す。彼女の自然な態度に、乃亜も少し嬉しそうだった。

すると突然、乃亜の腕に絡みつくように凛が近づいてきた。

「ねえ、乃亜。こっち来て、ちょっと話そうよ」と、甘えた声で囁く。

乃亜は少し困ったように笑いながら、真衣と玲奈に目を向けて「ごめんね、またね」と手を軽く振った。