一歩、また一歩。

わたしは入り口の前で小さく息を吸い込んだ。


——大丈夫。ここなら誰も、わたしのことを見ていない。


自動ドアが開き、冷んやりとした空気が肌に触れていく。

受付の女性に小さく会釈をして、奥の自習スペースへと向かった。

 

そしていつものように、角の席を選び、鞄からノートとペンを取り出した。


音がない。誰もしゃべらない。

時計の針の音と、ページをめくる小さな音だけが部屋を満たしている。


——この空気が、好きだ。


集中するため、というよりも、何も考えなくていい時間をつくるために、わたしはここに来る。

わたしは、紙に文字を並べていった。


シャープペンの芯が、静かに走る。

小さく、けれど確かに、心の緊張をほどいていくようだった。




そのときだった。

「……佐倉さん?」

 

ぴくりと肩が跳ねた。

驚いて振り返ると、そこに立っていたのは──あの一ノ瀬くんだった。