教室では、放課後の準備が始まっていた。
「カラオケ行こうよ〜」
「今日? わたしも行く〜!」
そんな楽しげな声を背に、わたしは鞄を肩にかけ、静かに教室を出た。
呼び止められることも、名前を呼ばれることもない。
──でも、それが落ち着く。
そう思っていたはずだった。
空はまだ明るかったけれど、肌に触れる風は冷たい。
春はすぐそこまで来ているのに、心の中はまだ冬のままだ。
——今日は……まだ帰らない。
ただ、そう決めた。
理由はなかった。
ただ心の中に小さなざわつきがあって、まっすぐ家に帰る勇気が持てなかったのだ。
わたしの足が向かったのは、図書館だった。
地域の公共図書館。
小さな石造りの建物は、夕日に照らされて静かな影を落としている。
ガラスの扉の向こうには、知っている静寂があった。



