「遥?」
その声はやわらかで、でもどこか凛としていた。
わたしがそっと顔を上げると、そこにいたのは──一ノ瀬くんとよく似た女性だった。
黒髪を上品にまとめ、白いワンピースにベージュのカーディガン。
姿勢はすっと伸びていて、その佇まいだけで周囲の空気を変えてしまうような存在感。
「母さん……」
一ノ瀬くんが一歩前に出る。
「なにしてるの、こんなところで? こんな時間に、ぶらぶらしてて大丈夫なの?」
口調は穏やかだが、どこかに「当然あなたは勉強しているはず」という前提があった。
「今日はちょっと、出かけてただけ」
「……そう。あまり遊びすぎないようにね。あなた、もうすぐ模試があるでしょう?」
その言葉に、わたしは思わず視線を伏せた。
彼のお母さんの視線が、ふとわたしに向く。
「失礼ですけど……お友達?」



