君の隣が、いちばん遠い



小さなベンチに並んで座る。

虫の声と、風の音だけが聞こえる時間。


「……なんか、不思議」

「なにが?」

「こんなふうに……誰かと何もしないで並んでるだけって、今までなかった」

「うん。でも、こういうのもいいと思う」


一ノ瀬くんは少し前を見ながら、続けた。


「静かで、ゆっくりで……俺、こういうのが好きかもしれない」


わたしは目を細めて、小さくつぶやいた。


「……楽しいね」


その言葉に、遥がふっと笑う。


「今、やっと言ってくれたね」

「え?」

「“楽しい”って。なんか、佐倉さんがそう言ってくれるの、すごく嬉しい」

「……わたしも、ちょっと勇気出した」


風が吹いた。

彼の指先が、ベンチの上でふと動いた。

その隣にあったわたしの手に、ほんのわずかに触れた。


すぐに手を引くこともできたけれど、どちらも動かなかった。


ただ、触れたまま、蝉の声に耳をすませていた。