夏休みに入って、数日が経った。
図書館やバイトを繰り返す、わたしの日々は、それなりに穏やかだった。
けれど、ときどきスマホの通知を待っている自分に気づくことがある。
理由は分かっていた。
──一ノ瀬くん。
あの日、クラスメイトたちと出かけた帰り。
笑い合った時間、水族館の静けさ、柊の賑やかさ──それらが、思い出すたびに胸の奥を優しく揺らす。
また、ああいうのがあったらいいな。
けれど、それは特別な一日だったのかもしれない。
自分から願ってもいいのか分からない。
そんなふうに思いながら、わたしは自室で静かに本を開いていた。
と、そのとき。
階下から、美帆ちゃんの明るい声が聞こえてきた。
「やばい、もう集合時間ギリかも! お母さん、リップ知らない?!」
「さっきテーブルの上に置いていたでしょ?こっちにはヘアアイロンがあるからね」
「ありがと〜! やばいやばい、まじで遅れるー!」



