君の隣が、いちばん遠い



「駅前? ……あの、角のガラス張りの店?」

「そうそう! 今度行ってみてよ、すごく雰囲気いいんだよ」

「……うん、行ってみる」


しばらく、他愛のない話が続いた。


ドラマのこと、漫画のこと、カフェのこと。

話しているうちに、肩の力が少しずつ抜けていった気がする。


岸本さんは、わたしの反応をうれしそうに受け止めながら、ふと、声を少し落とした。


「……ねえ、ひよりって……呼んでもいい?」


わたしは、少し目を見開いた。


「え……」

「ほら、私たち、もうけっこう話してるし。なんか、“佐倉さん”ってよそよそしいかなって」


一瞬だけ迷って、それから小さくうなずいた。


「……うん。いいよ」

「やった!じゃあ、私のことは紗英って呼んで」

「わ、わかった……さ、紗英ちゃん」


紗英は嬉しそうに「ひよりってば、かわいーっ」と笑い、軽く手を振って帰っていった。

その背中を見送るわたしの表情は、どこかやわらかくなっていたと思う。