君の隣が、いちばん遠い



電話を切ったあと、わたしはスマホをそっと机に置いた。

鏡の中の自分は、泣き腫らした顔だけど、どこか少しだけすっきりしていた。


そのまま、塾の教材をリュックに入れた。


気がつけば、時計の針は夜の八時をまわっていたけれど、どうしても今日のうちに一歩を踏み出したかった。






塾の自習室は、思ったより人が少なかった。

期末も終わったし、受験が終わった子は来ていないんだろう。


わたしは一番奥の、いつもの席に座った。


ペンを手に取り、ノートを開く。

英語の長文問題を読みながら、頭の中にあるぼんやりとした痛みを、文字の並びに集中させていく。


書き写す。解く。間違える。考え直す。

繰り返しているうちに、少しだけ落ち着いてきた。


「まだ、進める」


わたしは、小さくつぶやく。


「進むんだ。ここから」


声に出して、自分に言い聞かせる。


きっと、推薦に合格していたら、ここから入学まで何の努力もしていなかったかもしれない。

でも、ここから踏ん張れるかどうかが、本当の“力”なんだと思う。


誰かに見せるためじゃない。

自分のために、わたしはまた歩き出す。


蛍光灯の白い光の下で、ページをめくる音だけが、静かに響いていた。