その夜、家に帰って部屋の窓を開けると、ひんやりとした風がカーテンを揺らした。
机の上に置いてある面接練習のプリントや、赤ペンで添削された志望理由書。
それをひとつひとつ眺めながら、わたしは今日の遥くんのお母さんの言葉を思い返していた。
「また遊びにいらっしゃい」
その声が、何度も頭の中で響く。
あのとき、わたしは確かに少し戸惑った。でも、すぐに思った。
――ああ、この人に、ちゃんと顔を向けられるようになりたい。
誰かの家族に、自分のことを認めてもらえるって、こんなに嬉しいことだったんだ。
心が、ふわりと軽くなった気がした。
翌日、塾の帰り際に遥くんにメッセージを送った。
『また一緒に、勉強しようね』
わたし、あの場所が、やっぱり好きだから。
数分後、返ってきた返信にはこう書いてあった。
『ああ、いつでも待ってる』
画面越しの文字なのに、なぜか、声が聞こえたような気がして。
わたしは思わず、スマホを抱きしめるようにして笑った。
わたしたちの毎日は、きっと、少しずつだけど前に進んでいる。
今度こそ、あのお母さんに、まっすぐ顔を上げて「お邪魔します」って言いたい。
そのためにも、わたしはちゃんと、今やるべきことをやらなきゃいけない。
窓の外の星が、小さく瞬いていた。



