「そんなこと、ないよ」

「そっか。じゃあ、一緒に見に行かない? 種目表。休み時間にでもさ」

「……うん、ありがとう」


そのとき、彼女の表情がふっとやわらいだのを、ちゃんと見た。

 

その日の放課後、わたしは教室に残ってプリントの整理を手伝っていた。

誰に頼まれたわけでも、役職があるわけでもない。


ただ、黒板の隅に斜めに貼られたプリントが気になって、貼り直そうとしていた。


糊がうまくつかず、端が浮いてしまう。

小さくため息をついた、そのときだった。

 

「……手伝おうか?」

 

背後から伸びてきた手が、プリントの端をそっと押さえた。


驚いて振り返ると、そこには一ノ瀬くんがいた。

制服の袖をまくり、手には掲示用のマグネットを持っている。


「こういうの、まっすぐに貼るのって難しいよな」

「……ありがとう」


言葉が口からこぼれるまでに少し時間がかかった。

けれどそれは、間違いなく“ありがとう”だった。