その数日前の夜、遥くんの家では、静かにある変化が起きていた。


「これは、志望校のパンフレット?」


テーブルの上に広げられた大学案内の冊子。

それを見つめながら、遥くんのお父さんが尋ねる。


「うん。来週、出願相談の仮申請があるから……一応、説明できるようにしておきたくて」


そう言って、彼は大学のカリキュラムや学部の特色、入試方法、そして将来のビジョンを、丁寧に言葉にしていた。


初めて自分の言葉で、自分の夢を語っていく。

その姿は、どこか少し緊張しているようでもあり、それでも揺るがないものを感じさせた。


「設計の勉強をして、将来は空間デザインの仕事に就きたい。人が安心できる場所を作れるような建築士になりたいんだ」


そう話す彼の声を、両親は黙って聞いていた。


やがて、お父さんが小さくうなずいた。


「よく調べたんだな。……わかった。応援するよ」


それは、彼がずっと待ち望んでいた言葉だった。


黙ってそばにいたお母さんも、なにかを言いたそうにしていたけど、すぐには口を開かなかった。

でも、その表情は少しだけやわらかくなっていた気がする。