「じゃあ、俺、競技係やるわ」
クラス前方、少し離れた席で手を挙げたのは一ノ瀬くんだった。
明るい声で、でも決して騒がしくなく。
周囲の空気を一瞬で受け入れるような、自然なトーンだった。
「さっすがー!」
「頼れる!」
女子たちの声が飛ぶ。
彼はそれに軽く笑って頷くだけで、特に得意げな顔もせず、当たり前のように立ち上がった。
……そうだ。一ノ瀬くんは、そういう人だ。
クラスの輪の中に自然といて、でもひとりでも平気そうな、どこか不思議な存在。
目立つのに、浮かない。優しいのに、押しつけがましくないのだ。
わたしの目線は、ほんの一瞬だけ彼の背中を追っていた。
そのあと、岸本さんがふらりと近づいてきた。
「ね、佐倉さんってさ。体育祭の種目、なに出るの?」
「……まだ、考えてない」
「そっかー。でも佐倉さん、細いけど体力ありそうな感じするよね。長距離得意そう」
わたしは小さく笑って首を振った。



