「おはよ」


一ノ瀬くんが通りかかったクラスメイトに声をかけ、軽く手をあげる。


その声が、教室にふわっと広がる。

わたしは、そっと目を伏せた。


中学の頃から、彼のことを知っていた。

でも、話したことはない。

もちろん名前を呼んだことも———


ただの同級生。

それだけの距離だった。


でも、気づけば、目で追っていた。


遠くから見るだけ。

見つめることすらできない。

そんな気持ちは、誰にも知られてはいけないと思っていた。




昼休み。

ひよりは窓際の席でお弁当を開いていると、隣にツインお団子ヘアの女子がひょいと現れた。


「ねえ、佐倉さんってさ。一ノ瀬くんと中学一緒だったんだよね?」


驚いて顔を上げると、そこにいたのは岸本紗英。

天真爛漫な笑顔で、何の悪気もない問いかけだった。


「うん。……クラスは違ったけど」

「へ〜、昔からああいう感じだったの?」


ひよりは少し迷ってから、言葉を選ぶように答えた。