──夜。
わたしは、自分の部屋にいた。
ライトスタンドの下、勉強机の上にはさっきのノートが広がっている。
でも、さっきからページは一度も進んでいなかった。
スマホの画面に、小さな通知が灯る。
《ノート助かった。ありがと》
たった一行。
でも、わたしの心はその言葉だけで満たされた気がした。
すぐに返信を打つ。
《こちらこそ、ありがとう》と。
送信ボタンを押したあと、スマホを胸にそっと当てた。
温もりが、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
——連絡先を交換しただけ……それだけのことなのに。
体の力が抜けるように、ひよりはゆっくりと目を閉じた。
スマホ越しの文字に、誰かを感じることが、こんなに安心できるなんて。
次の日。
登校中の道。制服を整えながら歩くわたしの表情は、どこか軽かったと思う。
教室に入ると、一ノ瀬くんと目が合った。
小さく、わたしたちは会釈を交わす。
それだけで、今日という一日が、すこしやさしくなった気がした。
——“ちゃんと連絡できるように”なるって、思ってたよりずっと──
——“うれしいこと”だった。



