春休みの学校は静かで、廊下に足音が響くほどだった。

進路希望票を白紙のまま提出した数日後、わたしは図書室で課題を終わらせた帰りに、職員室前で立ち止まった。


「佐倉」


ちょうど廊下を歩いてきたのは、担任の久遠先生だった。

スーツの上着を脱いだシャツ姿。

いつもより柔らかい印象で、先生はにこりと笑った。


「進路調査、まだ白紙だったな」

「……はい」


わたしがうつむくと、先生は立ち止まり、わたしと目線を合わせるようにしゃがんだ。


「焦る気持ちはわかる。でも、焦って選ぶと、あとから後悔することが多い。せっかくだから、少しずつでも自分の“好き”を探してみたらどうだ?」

「……“好き”……ですか?」

「そう。教科でも、人でも、何かをしてた時間でも。自分が自然にがんばれたことを思い出してみるといい。あと、時間あるなら……職員室、来てごらん。俺、相談に乗るから」


先生の声は、風のようにやさしかった。

なぜかその瞬間、胸の奥にひっかかっていた靄が、少しだけ晴れた気がした。