沙月さんの頼みごとには、いつも自然と「うん」と言いたくなる。
声のトーンも、笑顔も、すべてが穏やかで居心地がよかった。
お客さんへの対応を終えたあと、わたしたちはレジ裏で並んで在庫整理をしていた。
「ひよりちゃんって、なんかこう……人の空気に飲まれない感じするよね」
「えっ……」
「うん、いい意味で。優しいんだけど、芯があるっていうか」
「……そんなこと、ないです」
「あるよ〜。だから、なんか妹っていうより、“できる妹”って感じする」
彼女は冗談めかして言いながら、わたしの頭をぽん、と軽く撫でた。
それだけのことなのに、わたしの中の張りつめていた何かが、少しだけほどける。
閉店後。
「はい、これ。柚子茶。今日ちょっと冷えるでしょ」
沙月さんが差し出した紙コップから、あたたかい香りが立ちのぼる。
「ありがとうございます」
カップを手に持ったまま、わたしはふっと微笑んだ。
たったそれだけで、彼女がにこっと笑い返してくれる。
その夜は、不思議と静かだった。
心の奥まで、あたたかかった。



