でも、こんなふうに迎えに来てくれて、何も言わずに傘を差し出してくれる彼を見て、わたしはやっぱりこの人が好きだと改めて思った。
「最近、どう?塾の方は」
「うーん……やっぱり、苦手なところはなかなか伸びなくて。数学、特に難しくなってきた」
「わかる。俺も今週の問題集、半分くらいしか終わってない」
「えっ、一ノ瀬くんでもそんなことあるんだ」
「あるよ、普通に。佐倉さんだって、真面目に頑張ってるじゃん。だから、焦らなくていいと思う」
「……ありがとう」
肩に少し力が入っていたことに気づいた。
わたし、ずっとピリピリしていたのかもしれない。
「でも、最近あんまり話せてなかったから、ちょっと寂しかった」
ポツリとつぶやくと、一ノ瀬くんは傘の中でこちらを見た。
「……俺も、そう思ってた」
少しだけ歩調を落として、彼はわたしの手にそっと触れた。
人通りが少ない路地に入った瞬間、誰も見ていないのを確認するように、彼がわたしの手をやさしく握る。



