館内アナウンスが流れる。
「本日はまもなく閉館いたします」
わたしが、ペンを置いて顔を上げると。
目が合った。
そして彼は、そっと笑って言った。
「……またね」
わたしは、驚いたように瞬きをして、すぐに小さく「うん」と返す。
それだけの会話なのに、心の中で何度も繰り返された。
——また……って、言ってくれた。
図書館を出て、わたしたちはそれぞれ別の道を歩いていく。
背中を向けたあとも、心の中には確かな熱が残っていた。
帰宅後。
家の明かりはついていたけれど、リビングの空気は賑やかすぎた。
そっと階段を上がり、自室に入って鍵をかける。
机に座り、使わなかったノートを開く。
そこに残るのは、今日のページと──
一ノ瀬くんの隣で過ごした、静かな時間。
スマホを手に取る。
通知は何もない。
でも、ふと思い出すのはあの言葉。
──「またね」
その言葉が、今日いちにちのすべてを変えていた。
スマホを胸元に抱えて、目を閉じた。
沈黙を共有したあの時間が、なぜかやさしい記憶として残っている。
今日は少しだけ、よい夢を見られそうな気がした。



