そのあと少しだけ、本の話や文具店の話などをしてから、花岡は「またね」と言って去っていった。
ふたりきりになると、一ノ瀬くんがぽつりとつぶやいた。
「……あの人、文具の話とかしてたけど、もしかして常連さん?」
「うん、そう。たまに来る大学院生。文学専攻なんだって」
「へえ……」
その声は、どこか引っかかるような響きを含んでいた。
「なんか、親しそうだったな」
「えっ、そ、そんなこと……」
「別に、悪いとは思ってないけど」
一ノ瀬くんが言いながら前を向いたが、声が少しだけ低くなっているのをは感じた。
──嫉妬?
そう思った瞬間、わたしの心臓がドクンと跳ねた。
そんなふうに思ってくれる存在がいること。
それが、くすぐったくて、うれしくて、どこか信じられなかった。
街灯がぽつぽつと灯る帰り道。
わたしはふと立ち止まり、彼の横顔を見上げた。
「……また寒くなったら、マフラー貸してくれる?」
一ノ瀬くんは驚いたように目を丸くして、すぐに微笑んだ。
「もちろん。……でも、できれば自分のを買ったほうがいいと思うよ」
「うん。でも……その時は、また借りる」
ふたりは並んで歩きながら、白くない息を吐き、まだ完全には冬にならない空を見上げた。
わたしの中で、少しずつ冬が始まりつつあった。



