「……うん」


わたしたちは静かに歩き出し、廊下を抜けて、教室のベランダへと向かった。


西陽が差し込むベランダは、もう誰もいなかった。

風が、わたしの髪をふわりと揺らす。


「……今日はさ、ありがとう」


一ノ瀬くんがぽつりと口を開いた。


「みんな、頑張ってたし、俺も……なんか、すげぇ嬉しかったんだ」

「……うん」

「俺さ、今まで“ちゃんとしなきゃ”って思いすぎてて……でも、最近ようやく気づいたんだ」


わたしは黙って聞いていた。


「誰かとちゃんと話せるって……それだけで、嬉しいんだって」


その言葉に、わたしの胸が熱くなった。


「……わたしも、そう思う」

「え?」

「ひとりのほうが楽って、思ってた。でも、誰かとちゃんと笑い合えるのって……なんか、いいなって」


ふたりの間に、静かな沈黙が流れた。

風の音、遠くから聞こえる片付けのざわめきだけが響く。


「……もうちょっとだけ、このままでいい?」


そっと口にした。


「うん」


彼は、ゆっくりとうなずいた。


ぎこちないけれど、確かに近づいているふたりの距離。

その時間だけは、誰にも邪魔されなかった。


暮れゆく空の下。

文化祭の終わりと、ふたりの新しいはじまりが、そっと重なっていた。