一ノ瀬くんは、少し距離を取って別の席に座った。
でも、同じ空間で、同じように勉強をしている。
けれど、言葉は交わさない。沈黙が続いた。
——なんだろう、すごく変な感じ……でも、悪くない。
わたしはそっとペンを走らせながら、ふと、彼の気配を感じた。
視線を感じた気がして横目で見たとき、彼は自分のノートを見ていたのだ。
ほんの一瞬、目が合って。
そして、すぐに逸らした。
けれど、その一瞬が、どうしようもなく心をざわつかせた。
閉館のアナウンスが静かに響く。
顔を上げると、一ノ瀬くんもちょうど顔を上げたところだった。
「じゃ、またな」
そう言って、彼はカバンを肩にかけて立ち上がった。
「……うん」
わたしも立ち上がり、小さく返事をする。
声が少し震えていることに、自分でも驚いた。
図書館を出ると、空はすでに夕闇に染まり始めていた。
一ノ瀬くんは駅の方へ、わたしは反対方向へと歩き出す。
背を向けたあとも、なぜか心が静かに波打っていた。
——また……って言ってくれた。
その言葉を、ずっと反芻していた。



