「─すみません。ここへ行きたいのですが」

凛のところで向かう途中、用があって大通りで降りた契を呼び止めたのは、今にも倒れそうな程に青白い顔をした男だった。

白いワイシャツに長ズボンを吐いた、冬には些か心許ない薄着に、契は慌てて巻いていたマフラーを渡し、その首元に巻いた。

「お教えしますので、ちょっと暖かくしてください。─メモを拝見しますね」

マフラーだけじゃ足りず、1番上に来ていたアウターも着せた。少し肌寒い感じもするが、彼よりはマシだし、幸い、朱雀宮の人間である恩恵からか、幼い頃から体温が高く、寒さには強い方だ。

「ここは」

「御存知ですか?すみません、ちょっと外の生活が久しぶりなもので……」

「案内するのは構いませんが、身分証などがない限り、踏み込むことは難しいと思いますが、ここの方とお知り合いですか? 」

白髪に、桔梗をそのまま落とし込んだような鮮やかな目をした若い男性はきょとんとした顔をした後、何かを思い出したかのようにハッとして、そして、契を見て。

「そうだ、変わったんだった…それより、君、もしかして契くん?」

「えっと……」

「お父さんにそっくりだから、降りる時代を間違えたのかと思ったよ」

「…父を、知っているのですか?」

「うん。もちろん。知ってるも何も、家族包みの仲で……ああ、でもそっか、契くんは幼かったし、うん。元気そうでよかった」

そうやってにこやかに微笑まれても、こちらとしては誰なのか検討がつかない。

「契くん、思い出せないんだよね。ごめんね。見た目が変わったから……でも、案内してくれる?会いたいんだ。あの子達に」

「い、いえ。思い出せなくてすみません」

「大丈夫だよ。実際、秋子さんに比べたら、僕は全然君と関わっていなかったし」

「秋子さんって……」

「星依(セイ)と凛の母親だよ。亡くなる寸前まで、毅然としていて美しい人だった。僕の恩人で、今も最愛の妻だ。ある程度、今の状況は把握しているから、何か力になれないかなと思って、帰りたいんだけど……方向音痴は直らなかったみたいで」

照れくさそうに笑い、頬を掻く仕草。
─この癖、覚えている。あれは、凛たちの父親の癖で、その人は秋子さんが病床についたあたりの時期に、行方不明になっていて。

「どうして」

「どうして、今更、急に帰ってきたのかって?母親を亡くして不安定な子供を置いていなくなったくせに、って、ところかな。─叱責はじゅうぶんに受けるつもりではあるけど、それでも、僕は凛が大切だったんだ。星依を守りたかった。父親だからね」

当主だった母親を亡くした桔梗家は、混乱した。

「僕が家を頻繁に空けるようになったのは、秋子さんに病気が見つかってからだ。秋子さんからのお願いを叶えるため、奔走してて……秋子さんは
生まれつき、夢の中で未来を断片的に予知する能力を持っていたらしいんだけど、そこで何を見たのか、僕に願った。二人を守るために。勿論、大切な子供たちだからね。僕は了承したよ。そのせいで、秋子さんにお別れを言うことは出来なかったけど……せめて、仏壇に手を合わせたい」

「こんな、急に。秋子さんが亡くなったのは、数年前です」

「うん」

「どうして、今になって」

「それは……そうだな、僕が死んでいたから、かな?」

「……」

「再生に時間がかかったというか、話すなら、僕の過去全てを話さなくちゃならないんだけど、とりあえず、君にだけ話しておくね」

─そうして語られた内容を聞いた契は、凛の元に彼を案内はしたが、凛には会えなかった。

凛には話さないで、と、彼が教えてくれた行方不明の真相を知り、情けなくも、怖くなってしまったからだ。

(ただ、最愛の恋人を連れ戻したいだけなのに)


上手くいかない。それが、酷く苦しい。