「…………彩蝶に、会いたくないんだ」
「……」
「俺はもう、人間じゃないから」
刹那─氷室刹那には、婚約者がいた。
氷室依月が生まれて、幸せいっぱいだった氷室家は幼なじみ同士だったふたりの婚約を結んだ。
お互いを意識していて、きっと幸せになれる未来があった。それを、破壊され……その要因となった四ノ宮のゴタゴタで、氷室家が滅んだという情報以外を与えられず、彩蝶は田舎へと引っ込んだ。
─確か、大まかな過去はそんな感じだった。
でも、彩蝶が婚約者を喪った事実を知るには、氷室家が全滅したという情報だけでじゅうぶん。
家族同然、本当の家族関係は冷えきっていた彩蝶にとって、大切な婚約者一家は、彩蝶という存在のせいで滅んでしまったと言っても過言ではなく、ああ、そう、言ってしまえば、今回と似ている。
氷見は愚かにも、“繰り返した”のだ。
氷室を滅ぼし、地位を奪い、四ノ宮彩蝶に自分の血縁を押し付けようとしたように、今回も依月を。
(それなら、刹那や彩蝶が怒り狂っていても仕方がないか)
にしても、同じ手法を繰り返すなんて、愚かな。
そんなこと、裏の世界でやったら、ひとたまりも残らないだろうな。
「……でも、彩蝶は独りだよ」
悠月はパフェを食べ終えた。
外を見ると、夫が車から降りてくる姿が見える。
「人に囲まれていても、どんなに彼らが彼女に優しくしたとしても、彼女はひとりだよ。永遠に。ずっと、ずっと」
─だって、彼女の運命は、刹那なのだから。
それを、【運命の調律者】なら知っているはず。
「─ちょっと待ってて。飛鳥呼んでくる」
逃げられない運命はあるよ。変えられる運命があるように、変えられない運命もある。
でも、刹那は創世の彼すらも蘇らせた存在だ。
「悠月っ」
「孤独はね、人を追い詰めるんだから。調律者なら、誰かの運命を変えてきたのなら、刹那もさ、その身をひとつの歯車にしないと。覚悟を決めて。大丈夫。夜明けはくるよ」
止めようとする刹那にそう微笑んで、悠月は店を出る。
窓から見える刹那は力無さげに椅子に座り、俯いた。それを見ていたのか、悠月の存在を視界に映した飛鳥は腕を広げながら、笑う。
「─あんま、虐めてやるなよ」
「いじめてないよ」
ぎゅーっと抱き締められながら、悠月は彼の温もりを感じる。
心臓の音。呼吸の音。─彼が、生きている音。
「ねぇ、飛鳥。お願いがあるの」
「いいよ」
「…何かわかるの?」
「もちろん。既に話は通した」
「早いねぇ」
「早い方が良い」
「うん。ありがと」
「どういたしまして」
額にキスされて、くすぐったい。
身をよじろうとしても逃げられないように、腰に手を回されているし、悠月は諦めて顔を上げる。
触れ合う熱は、悠月をここに繋ぎ止める。
─悠月を、孤独にすることは無い。
「悠月は、車に乗っておいて」
「?、刹那に会いに行くんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、私も……」
「駄目。男同士の話だから」
「?、わかった」
大人しく車に乗り込むと、頭を撫でられる。
「行ってらっしゃい」
それがやっぱり擽ったくて、でも嬉しくて、悠月は笑った。


