『……彼女を、頼みます』
何となくだけど、大丈夫な気がした。
だから、いろはは美言から手を離す。
『彼女が目が覚めたら、どうか伝えて。─もう大丈夫だよ、って』
自然と言葉を発することが出来た。
息苦しくなかった。
ふわふわはしていたけど、あれはも水の中って感じではなかったから、多分、あの時点で既に神の空間に入っていた、と、いろはは言う。
「いちばん、記憶に強いのはそれ。でも、その他の時代だと……えっと、生贄をまだ、その泉に捧げることが当たり前だった時代だね。あの時代だと、十数年?に一度くらい、とても強い能力者が、四季の家のどこかに産まれてくるって話」
「強い能力者……」
「能力を自分でコントロール出来ないからか、神様の花嫁ってされて、捧げられてた。四ノ宮の四の宮は、それが由来のはずだよ。【春の宮】【夏の宮】【秋の宮】【冬の宮】─生贄は、時代によって出現する家は違ったけど、出現した家に準えて、そう呼ばれていた。何回か、私も【春の宮】と【冬の宮】って呼ばれて、捧げられたし」
「痛かった?」
「痛くはないよ。本当なら、深い深い泉の底で溺れ死ぬのかもしれないけど、私はそもそも産まれた時代が違うから。自然と、違う時代に飛ばされたもの。というか、それぞれの時代で生贄として捧げられたのも、その時代の本物の代わりだったし。多分、能力を移す何らかの方法があるんだろうね。それで、美言さんの亡くなった子どもも利用されそうになってたから」
聞いていて、気持ちの良い話ではなかった。
生贄伝説など、聞いたこともない伝統に目眩がすると同時に、先祖の誰かが止めてくれたのだと安堵する。
「最近は、生まれてないの?」
四ノ宮としての日が浅い彩蝶が、千陽を見る。
「少なくとも、俺達は聞いたことがないよ。両親の時代にいたかも知らないけど、でも、そんなに能力が強かったら、何かしらの弊害があるはずだよね。それがないってことはいないんじゃない?─ああ、でも」
千陽は何かを思い出したように、どこかに電話をかけ始める。
「あ、もしもし?実はかくかくしかじかで─…」
誰に電話しているのか、端的に説明した千陽は
「えっ、いるの!?」
向こうの返事に驚いて、声を上げた。
「え、いつから?え、ずっと!?─うん、うんうん、はえー、そっかー」
何を話しているのか、千陽はめちゃくちゃ驚いていて、相変わらず、双子の兄とは違い、感情表現が豊かすぎる男である。
「え、てか、なんでそんなに詳しいの?端くれとしてもさ、、え!?ちょっと待って、じゃあ、泉のことも知ってるの!?え、過去に何があったかも!?なんでそんなに……あ、そっか、四季の家じゃないから、契約が無効なのか……化け物?、あ、さっき話に出たけど……え、じゃあ、本当にもう居ない?……うん、うんうん...いや、待って。え、ここに創世神いるんだけど!?」
何やら盛り上がってて、誰も口を挟めない。
創世神とその伴侶の生まれ変わりである、ユエとティエも何も言わず、中途半端とはいえ数百歳のはずの朝霧と夜霧も千陽の慌てふためく姿を眺めていて、
「【役目】を与えて、死を操る……?」
千陽がその後、しばらく話し込んだ後、呟いた一言を聞いて。
「─ああ、なるほど。理解した」
と、ユエが笑った。


