『……うん、一緒に、行きましょうか。美言さん』
『え……』
『赤ちゃんも一緒に、あの泉へ』
『ど、どうして、いろはは』
『良いんです。だって、私、この時代の人間じゃないもの。今、私が消えないということは、未来でも、この家は存在し続けているということだし。…この身に、あなたを傷つけた人達の血が流れているかは分からないけど、私は未来に帰らなくちゃならない。どうせ、暫くしたら、運命の強制力で、あの泉に入る。なら、自分から飛び込みます』
いろはは桐箱から赤ちゃんを抱き上げて、美言さんに抱かせた。
『とっても可愛い、可愛い子、ですね』
夜も深い。闇が迫る。
『……いろは、あのね』
『?、はい』
『この子のね、身体を使ってね、次の子が産まれるまで、繋ぎにするって。その儀式がね、明日あるの。……だから飛び込むなら、今がいいの』
美言さんの手は、震えていた。
どこまでも最悪な思考で、呆れる。
『行きましょう』
─きっと、最期まではいれない。
運命の強制力で、いろははまた飛ばされる。
でも、彼女がこれから先、最悪な目に遭うとわかっていて見過ごせるほど、いろはは人間出来ていないから。
『……ここ、底ってないの?』
『ありますよ。ただすごく深くて、とある条件が揃えば、異界へと通じるんです』
『そう……でも、この子が一緒なら、なんでも良いわ』
そう言って、我が子を抱きしめる美言さんは、本当に苦しそうで、大きなその泉に、二人で身を投げる。
足から入っても良かったけど、美言さんが倒れ込むように落ちていったから、いろはもそれに倣った。
─ドボンッ
水音と、どこか遠くから聞こえる悲鳴。
恐らく、夜の見回りかなんかの使用人だろう。
水面を見上げると、人影が見える。
でも、どんどん遠ざかっていく。
横を見ると、美言さんが大切に赤ちゃんを抱き締めて、意識は失っていた。
慣れているいろはは手を伸ばして、彼女の袖を掴む。
(もう、大丈夫)
きっと条件が揃った。
このまま、違う時代へと導かれることだろう。
それに、この時代には化け物はもう存在しないみたい─……。
『─美言』
いろはも次目覚める時まで、眠ろうと思った時だった。
確かに若い男の声でそう聞こえて、いろはが美言の袖を掴んだまま、その方を見ると。
明るめの、胸元くらいまで髪のある男性が驚きを隠せない顔のまま近寄ってきて、美言たちを抱き寄せた。
その表情は、心配と愛情。


