「実はね、話しかけられたの。あの時、あの瞬間は、私もあそこに存在しているひとりの人間だから、別におかしなことじゃないけど、過去と関係を持ちすぎるのは未来に影響を及ぼすかもしれないでしょう?だから、私、物心ついた時から、逆らうことはやめていたの。運命が成すまま、この命が尽きる時は、私の命運だって」
それは、彼女なりの決め事で覚悟なのだろう。
「彼女、私を見て笑ったの。よく覚えてる。忘れたくない記憶だって思ってたら、記憶に刻み込まれて、残されてる。調律者さんかな」
そう言いながら、教えてくれる。彼女との会話。
とある時代の、とある一幕の話。
『─ねぇ、貴女の名前は?』
『えっ......と……?』
『私はね、司宮美言(シノミヤ ミコト)。知らん男に強制的に、妻にされたし、子供産まされたけど、籍は入れてないんだ〜そんな価値、私にないらしく』
『っ、何それ!?』
『ね。勝手すぎる言い分だよね。……あの子が幸せになれるなら、私はもう別にもうでもいいんだけど、あの子が哀れで仕方ないわ』
そう話す、美言の横顔は母親そのものだった。
いろはも母親を知らなかったけど、多分、きっと、こんな風に。
『……いろは、です。多分、司る方じゃない、四の宮の、四ノ宮いろは』
すると、彼女はフッ、と、笑って。
『そう。貴女がいるなら、あの子も上手く生き延びてくれるのかしら』
その口ぶりから、いろはがその時代の人間ではないことに気づいているようだった。
でも、指摘してこなかった。
……だから、いろはも何も言わなかった。
『ねぇ、いろは。この泉、時の泉って言うんだよ。知ってた?』
『ええ。旅の中で、昔、知りました』
『そう。長い間、ひとりでがんばってるのね』
美言は優しい人だった。
世界を呪っても仕方がない身の上なのに。
他愛のない話をしたという。
母親と話すようだった、と。
『ねぇ、知ってた?時の泉って、神様の涙から生まれたの』
『え、それ、本当なんですね』
『信じ難いけど、うん、ほんとらしいよ。お父様がよく話してくれたの。お父様も、おじい様から聞いたみたいなんだけどね。この泉は、大切な人を亡くした神様の、涙の結晶。しかも、その大切な人を奪ったのは、四季の家の御先祖様なんだって。だから、この泉には神様の闇が、恨みが、悪意が、今もずっと沈んだまま、長い時で化け物となって、暴れてるって話』
『でも、それって、この家の歴史書にはないですよね?』
『ああ、うん。ないらしいね。とある理由によるらしいけど、その理由は知らない。私は司宮だからね。四ノ宮や四季の家で行われていることなんて、関係ないもん』
いつも、彼女と会うのは裏庭だった。
そうして、数ヶ月経ったある夜の話。


