─氷室悠生、9歳。
『─お父さんって、氷室じゃないの?』
『また急だね。どうしたの、悠生』
『んー、お勉強しててね、お父さん、氷室家出身じゃない?ってなったから』
『あー、なるほど。確かに、出身じゃないよ。お母さんが先代様、悠生のお祖父様の娘になってるでしょ?』
『うん』
『僕は、悠依に、氷室家に婿入りしたの。元々、僕が生まれた家はこっち』
そう言って指差したのは、冬の宗家。
『柊家?』
『うん』
『……氷室よりも、柊の方が強くない?』
『まあ、家格的には?でも、僕はお母さんに恋をしたし、一緒にいたかったし、何より、僕は次男だったからね。自由の身なんだよ』
『ふーん?僕のお祖母様はどっち?』
『お祖母様?─ああ、僕のお母様のこと?そっか。元柊当主にはふたり、奥さんがいたもんね』
そう言いながら、叶は自身の母親を指差す。
『これだよ。この人が僕のお母様で、悠生のお祖母様。お父様、悠生のお祖父様の正妻だよ』
『正妻?』
『うん。まだ少し難しいかな……こういう言い方はしたくないけど、正式な奥さんってこと。この国ではね、一夫一妻制って言って、ひとりの男の人はひとりの女の人としか結婚しちゃいけないの』
『法律的に?』
『そう。法律的に。というか、そんな言葉、どこで覚えたの?』
『紫(ユカリ)おじさんが』
『兄さん……あの人、9歳の甥に何を教えているんだか……』
困った顔で笑う叶を見ながら、悠生は続ける。
『法律さえ勉強していれば、これから先、困ることはないだろうからって』
『……そう』
この時、叶が複雑そうな顔をしたことを、悠生は気づいてなどいなかった。
『伯父さんって、お身体が悪いの?』
『うん。生まれつきね』
『そっかあ。元気になるといいね』
『そうだね』
─しかし、彼らの願いは虚しく、冬の宗家・柊家の先代当主第一子、柊紫は早世する。
彼の最愛の妻が遺した息子を、自身も置き去りにして。
それは、柊家崩壊のカウントダウンへの幕開けだった。


