─推定、氷室悠生1歳半。

『悠依』

『あら、叶、おかえりなさい』

『ただいま』

『……?元気がないわ。どうかしたの?』

恐らく座っているだろう赤子視点の、当主夫妻。
母親は夫の頬に触れ、心配そう。

『御生まれになったよ』

『え?』

『四ノ宮当主様に、初の御子様が』

『まぁ……それで?』

『とても、神力に溢れた御方だと思う。けど』

『?』

『あの子が、幸せになれるとは』

そう言って、叶は顔を覆った。
それを見て、赤子は父親に寄っていく。

『ぱぁぱ』

舌足らずな声に、叶は微笑み、抱き上げる。

『はあい。パパだよ』

父親の幸せそうな顔が視界いっぱいに映り、喜ぶ赤子の声。

『……愛されない子どもね』

『うん』

『それほど、不幸なことはないわね』

『うん。……男の子だったら、なんて』

『夫人は見向きもしないの?』

『うん。“男の子じゃなきゃ意味が無いの!”の、一点張りで……宗家当主の皆さんと話し合ってみたけど、立場的に宗家の皆様にもどうしようもないらしくて、名前すら……』

『そう……』

夫婦の暗い雰囲気。
愛されない、子どもの誕生。

『……沢山、会いに行きましょうね』

四ノ宮当主夫妻は、政略結婚だった。
夫人が一方的に慕っている様子だったが、当主はそれに怯えていた上、当主としてもイマイチな能力しか持たず、常に何かに怯えているような。

噂では、屋敷内に女性を閉じ込めているという。
─そんな、両親の元に産まれた彼女は。

『落ち着いたら、夫人は屋敷から出るでしょう?帰ってこなくなるでしょう。なら、私達が会いに行っても問題ないはずだわ。叶、何故か、御当主からの信頼が厚いし』

『昔、少し親交があってね。その影響かな』

どうしようもない、身分の差。
それを前に、何も出来ない無力感。

『あー』

『ありがとう、悠生。パパは大丈夫』

……小さな御子さえも救えぬ現実に、夫妻はため息をつく。