「─お兄ちゃん?」

思い出を懐かしんでいると、心配そうな顔をした依月が近付いてきて。

覗き込む顔の角度とか、母さんにそっくり。
学校で嫌なことがあった時、いつも、母さんと父さんは心配そうに、こんな顔で覗き込んでた。

「どうしたの?大丈夫?」

「うん。大丈夫。依月が生まれた日を、思い出してたんだ」

「……」

「……うん。やっぱり、許せないな。許したくない。あんな幸せだった日々を壊して、俺達から両親を、帰る家を奪った彼らを、俺は許せないよ」

覚悟を決めよう。
─この子のためにも、立ち向かう覚悟。

俺達が居なくても、人を惹き付けて、多くの人に守られ、愛されてきた君がこの先、少しでも明るい未来を歩んで行けるよう。

君が望まなくても、君が戻る道を選ばなかったとしても、君を苦しめる存在はあるだけで、君の未来を阻む日が来るだろうから。

「……私、やっぱり行く」

「え?」

「お兄ちゃん、行くんでしょう?なら、私も行く。守られているだけじゃダメだもん」

「どうして。外は怖いんだろう?」

「でも、お兄ちゃんも怖いでしょう。私は覚えていない真実、あの日、私に全てを見せてくれたお兄ちゃん、目を逸らしていたことを知ってるよ」

依月にあの空間で見せた、過去の全て。
裏で、氷見が企んでいたことも含めて、全部全部見せたあの時、悠生は恥ずかしいことに、直視することが出来なかった。

自分の記憶の奥深くに眠るそれを、自分で引き出して、彼女に見せたのに。

「手を、繋いでいよう?」

手を差し出してきた依月は、気づけば震えていた契の手を取って。

「……わがまま言って、困らせてごめん。関わりたくないのなんて、お兄ちゃんも同じなのにね」

ごめん、と、謝る依月に握られていない方の手を伸ばすと、彼女はそれを受け入れる。
この子も怖いはずなのに。

その優しさが嬉しくて、悠生は力いっぱい、彼女を抱き締めた。