『この子の名前は、依月だよ。悠生』
─とある春の初め。父はそう言って笑った。
初めましてな、自分よりも小さな存在。
父の腕の中で、ふにゃふにゃと泣く赤子は愛らしく、愛おしく、悠生に初めて、“可愛い”という感情をもたらしてくれた。
『依月……』
『そうだよ。“豊かな愛情の中で、自然体のまま、多くの人に愛されますように。そして、優しく穏やかに人々を照らす存在になりますように”っていう願いを込めたんだ』
父がすっごく悩んでいた名前。
漸く、答えが出たんだと嬉しくなった。
『フフフッ、この人、悠生(ユキ)の時もかなり悩んだんだから』
『そうなの?』
『ええ。雪の降る日に産まれたあなたに、冬に因んだ音を入れたい、でも、あれもこれも捨て難いって……今回は平和よ。あなたの時、知恵熱を出して倒れたんだから』
ベットで娘をあやす夫を見ながら、呆れたように、けど、幸せそうに笑う母親。
『だから、ユキって読むの?』
『そうよ。ユウセイでもなく、ユウキでもなく、ユキなのは、あの人のこだわり』
─昔から、一度は名前を呼び間違えられた。
でも、そこには親の愛情が沢山詰まっていた。
『なんで、悠かを生きるで、悠生?』
依月にも意味があるのだから、きっと、自分の名前にも意味を刻み込んでくれているんだろうっていう思いだった。
見上げると、母さんが微笑んで、教えてくれようと口を開きかけた時。
『自分のペースで穏やかに、自然体のまま、心豊かな人生を過ごせますようにっていう願いを込めてる!』
と、父さんが声を上げた。
その声に驚いたのか、依月が泣き始めて、
『わああ!ごめん!ごめんね、依月!』
慌て出す父さん。
『もぉ〜叶(カノウ)ったら……』
呆れ笑う母さん。
『ごめんね!ユイちゃん!』
依月を母さんに預けた父さんは、手が空いたからなのか、徐に悠生を抱き上げた。
母さんの手に渡った依月はすぐに泣き止んで、また眠たそう。
『そうだ、悠生』
『なあに?』
『君と依月の名前の漢字はね、お母さんの名前と同じ漢字を入れているんだよ』
『お母さんの?』
『そう。お母さんは、ユイ。悠生の悠と、依月の依。それで、悠依。素敵な名前だろ?お父さん、出会った時からお母さんの名前大好きなんだ。お母さんの名前を呼べば、にこっ、って自然に笑えるだろ?』
そう言って笑う父は、本当に幸せそうだった。
ううん、実際に幸せだった。
─あの夜まで。


