「……彩蝶に隠しても、仕方ないね」
「やっぱり!それなら、私じゃなくて─……」
「大丈夫。─今、片思い中だから」
「……え?」
「契ー!彩蝶ー!ちょっと来てー!!」
彩蝶が固まったタイミングで、呼んでくる翠。
「はいはい」
契が呼ばれた方向に行こうとすると、服の裾を掴んでくる彩蝶。
「?、どうした、」
「片思いって……何?愛し合ってたって」
「三年だからね。色んなものが変わるよ」
契は微笑んで、彩蝶の手を取る。
─そう、色々なものが変わる。
離れた分だけ、色々なものが見えてくる。
「氷見……」
「彩蝶?」
「氷見のせいなの!?」
「……」
契は『違うよ』とは言えなかった。
言うべきだったんだろうが、最近、というか、この3年間、彼らからの連絡がしつこいのは本当だったからだ。
「やっぱり、私が─……」
そのせいで、彩蝶の勘違いは加速していく。
「彩蝶」
そんな彩蝶の肩に触れた翠は、
「氷見のせいだとしても、彩蝶は何も悪くないから。私達、四季の家を治める四ノ宮家の当主だからって、貴女が全てに責任を持たなくていいの。氷見の不始末は、冬の柊家の過失。そして、柊の異変に気付けなかった他の三家の過失。四季の家全てが崩壊した時、彩蝶は責任を取る存在なのよ」
翠は、凛の、秋の桔梗家当主夫人である。
生まれは、桔梗家出身を祖母に持つ一般人だ。
彼女の祖母は、凛の祖父の姉。
彼女の弟である男は当主の器ではなかった愚者だと残されている。
話を聞く限り、亡き凛の母親は毛嫌いしていた。
男は性別関係なく多くの愛人を、子を持っていた。遊興や快楽に耽り、家のことは顧みず、愚者も愚者。桔梗家の末代までの恥だとされる男は、歴史によって葬り去られ、晩年はよく分かっていない。
なお、愛人のひとりの連れ子が、凛の父親である。連れ子のため、凛の両親は兄弟ではないと認められており、凛の母親が救い出したタイミングで、彼を婿としている。
彼はあと一歩遅かったら、愛人とされていた。
それくらい、見目が麗しい存在だったため、凛の母親は己の父親から彼を守る為、婚姻したのではないかと言われているが、実際、二人が想い合っていたことは身近にいたもの達が証言していることから、恋愛結婚だったとされている。
男は子どもに興味がなく、唯一の凛の母親の兄にあたる息子が病死した時でさえ、無関心だった。
そんな父親に愛想を尽かした彼女は、翠の祖母に頼み込み、教育を受ける。
その関係で幼い頃から凛と遊んでいた翠は、自然と婚約者となり、今に至るわけだが、勿論、翠も祖母にしっかりと教育は受けていた。
「貴女とは友達のように付き合わせてもらってるし、勿論、ひとりのあなたとはお友達だけど、立場的には、私達は貴方の臣下。四ノ宮家当主の貴女の手と足となり、動く存在なの。そこを履き違えては駄目」
─厳しい、言葉だとは思う。
真剣な顔をした翠からは、先程の明るさは見えず、彩蝶は俯いた。


