「─依月、お待たせ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
……もう、何も望まない。何も要らない。
この爆弾のような身体を抱えて、生きていく。
喜びも、悲しみも、誰かを愛する感情も、愛される感情も、全部全部、あの人がくれた。
『依月』
その思い出だけで、生きていけるから。だから。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
のんびりと出口に向かいながら、依月は悠生にお願いをする。
「お兄ちゃんの伝手で、契に伝えられないかな」
「……なんて?」
お兄ちゃんの顔つきからして、察しているのだろう。依月は微笑みながら、悠生に言った。
「『氷見依月は、役目を果たして死にました』って」
─好き、大好き、愛してる。
だからこそ、二度と戻れない。相応しくない。
寂しい。寂しくて、この身は、心は。
あの人を縛り付けて、何をするか分からない。
そもそも、あの人が依月を愛してくれていた事実がおかしいのだ。彼のような人に、自分は愛されるような価値は─……。
「─依月」
考えに沈み込む寸前、兄の手が依月の頭を小突く。
「俺は君の意志を否定しないし、君が望むことは何でもしてあげたいと思っている。でも、君が自ら孤独になることは認められないし、そんな顔で俺に何を伝言しろと?」
「……」
「彼を愛しているんだろう。お前は俺とは違って、まだ人間なんだ。取り返しがつくんだ。だったら、その気持ちを自ら捨てるような真似だけは……どうか、しないで」
兄はそう言って、「置いていく身としては、無責任だとわかっているけど」とつけ加えた。
嗚呼、やっぱり死ぬまでは一緒にいてくれないのか。こんなにも寂しくて、苦しくて、この先、この世界で生きていく未来を思い描けない依月を置いて、彼は。
「……お兄ちゃんは、ずるいね」
酷いことを言っている、自覚はあった。
「……うん、ごめんね」
でも、お兄ちゃんは怒ることなく、そう言って、優しい手で頭を撫でてくれる。
怒ればいいのに。怒っていいのに。
─そんな資格、私達にはないのだろうか。


