「……」

カラリッ、と、手に持ったグラスの氷が音を立てる。

「……はぁ、」

年下の幼なじみである千景と凛に見守られながら、散々暴れて、物を壊し尽くして、少し休んだ夜明。

朱雀宮契はひとり、部屋でお酒に溺れていた。
酔うまで飲めば、少しはこの喪失感が薄まるかとそう思いながら飲むお酒は全然、契の心を満たしてはくれず、また、酔えない体質が災いして、契の頭はかなり飲んだにも関わらず、冴えていた。

「…………依月…………」

最愛だった。一目惚れで、初恋で。
婚約者になれた日は嬉しくて、眠れなかったことを覚えている。

愛していたから、契は依月が望めば、なんだってする覚悟だった。
依月がいれば、他に何も要らなかったから。
でも、依月は契に何も望まなかった。
だから、契は時間が、依月自身が許す限り、そばに居続けた。そばに居たかった。

依月が家族に愛されていないことには気づいていたけれど、依月はそれを知られたくなさそうだったし、契に出来ることはそれぐらいで。

……依月が誰の娘とか、どこの家の血筋とか、そんなこと死ぬほどどうでもよかった。
依月が依月であれば良くて、自分のそばに居てくれるなら、本当に何者でも良かった。

幸せだった。彼女が笑えば、自然と笑える。
触れ合う温もりは心地よくて、自分にだけは素直に甘えてくれる優越感は凄くて。

『契、大好き』

そう言って、腕の中で微笑む依月は綺麗だった。

彼女が高校を卒業したら、その日に結婚するはずだったのに。

何故か、家族が依月のことを惜しみ出した。
愛していなかったじゃないか。
嫌っていたはずなのに、どうして、卒業式にも参加させず、依月を。

あの手この手で会いに行くことを阻まれて、正直、朱雀宮は宗家であり、氷見は分家だから、命令で従えれば良かったのかもしれない。

けど、あまりそういうことをするのを依月が好まないことを知っていたから、契はしなかった。

その結果が、この末路だ。

知らん女と結婚させられそうになり、最愛の女は俺との結婚を嫌がって逃げたと聞かされ……色々と限界を迎えていた時に、凛たちが来た。

あいつらがいたから、滅ぼさずに済んだ。
呪わずに済んだ。
穏やかに生きることを求められる我々にとって、怒りは一番、遠い存在でなければならないのに。

(紹介された女の首を、俺はヘし折ろうとした)

きっと、依月は怒るだろう。

(頬を殴ろうとした)

怯えるだろうか。

(二度と、俺の顔なんてみれないようにしてやりたいくらい、あの女の目は)

……思い返すと、吐き気が契を襲った。

目の奥にあったのは野心であり、

『私、指輪が欲しいです』

そう言われた時は、本気で殺そうとした。

その文言は愛関連で有名な、朱雀宮家の伝統的な文言だった。