過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

煌々としたネオンの海から抜け出すように、雪乃は店の裏口を出た。

他のキャバ嬢たちは、アフターに向かったり、太客にタクシー代をもらって笑顔で帰っていく。
煌びやかなドレスのまま、高級車に乗り込むその背中を見送りながら、雪乃は静かに自分の道を選んだ。

徒歩。

深夜に女がひとりで歩くなんて、この街ではあり得ない。
ましてや、キャバ嬢ならなおさら。

けれど、彼女にはそれしかなかった。
1円でも節約しなければ、生きていけない。

片道3キロ。
真冬の風に晒されるだけでも身に堪える距離だが、今夜はそれ以上に身体が重かった。

足元がふらつく。
視界がぼんやりと揺れる。
――いつもの不整脈。
今日は、特にひどい。

胸がざわつき、ひとつ、ふたつ、と脈が飛ぶ感覚がある。

(……まただ。)

雪乃は、あの客――神崎がしたように、自分の手首に触れてみた。
鼓動は、不規則だった。
抜けた拍動のたびに、身体の内側が空白になるような感覚が襲ってくる。

(やっぱり、無理してたかな……。)

息を吐き出すと、冷たい夜気が肺を抜けていった。

顔を上げると、店の隙間に灰皿とベンチが見えた。
夜の喫煙者たちがよく腰掛ける場所だ。

(……少し、座りたい。)

そう思った。
でも、雪乃は歩き出した。

座ったら、立ち上がれなくなりそうだった。

いったん休んでしまえば、身体がそのまま地面に沈んでいきそうで――そのまま意識が薄れてしまいそうで。

立ち止まることが、怖かった。

自分を動かしているのは、気力だけだ。
止まれば崩れる。
だから歩くしかない。

コツ、コツ……とヒールの音だけが、無人のアスファルトに響いていた。

このまま、誰にも気づかれずに倒れても。
もしかしたら、朝まで誰にも見つからないかもしれない。

それでも歩き続けるしかなかった。

「……寒いな。」

誰に届くでもない言葉が、夜に吸い込まれていった。